■アルミンク指揮、新日フィル第494回定期演奏会
[2012年5月18日(金) すみだトリフォニーホール]
最近、マーラーに関する2冊の本に出会った。
1冊は、
「マーラー 輝かしい日々と断ち切られた未来」
(前島良雄:著、アルファベータ)
もう1冊は、
「指揮者マーラー」
(中川右介:著、河出書房新社)
どちらも、「指揮者」としてのマーラーの活動と業績を書簡や史実から検証し、
精力的に活動し、着実にキャリアアップしていった、
当時の人気指揮者・マーラー像を浮き彫りにした著作だ。
そのマーラーが、キャリアのスタートラインともいえる
二十歳前後に作曲したのが「嘆きの歌」。
この滅多に聴く機会のない曲が、
アルミンク指揮する新日フィルの定期で演奏されるというので、
聴きに出かけた次第。
こういう曲は、やはり生の演奏会で体験しないと
面白さが伝わってこない。
合唱あり、独唱あり、ボーイ・ソプラノとボーイ・アルトあり、
バンダあり・・・と、趣向も盛りだくさん。
マーラーが思い描いた音響世界の「原点」ここにあり、
といった曲だ。
やはりマーラーという「作曲家」は、
「指揮者」としての現場感覚から曲を生み出していった人なんだな、
と改めて実感。
プログラムは1曲目に、
ドヴォルジャークの交響詩「金の紡ぎ車」。
これも珍しい曲だ。
どちらも「おとぎ話~メルヘン」をもとにした曲というわけだ。
こういうプログラム構成にチャレンジしたオケと指揮者に拍手!
2012年5月18日金曜日
2012年5月17日木曜日
ナタリー・デセイ「渾身の」ヴィオレッタ
■METライブビューイング
ヴェルディ「ラ・トラヴィアータ」
[2012年5月17日(木) 新宿ピカデリー]
2011-2012シーズンのMETライブビューイング、
その最終上映は「ラ・トラヴィアータ」。
2年前NYで、かのゼッフィレッリによる
豪華で時代の空気忠実に描いた名演出版の
最後のステージに感銘をうけたが、
今回は、ヴィリー・デッカーによる
モダンなデザインの演出。
半円形一杯飾りのシンプルな装置、
大きな丸い時計が飾られ、
針が時を進めていく。
白い壁、
男も女も黒い衣装、
その中でヴィオレッタだけが深紅のワンピース。
配色もシンプルだが、
その分、ドラマと演出意図が伝わりやすい舞台だ。
その舞台装置の中に「常に」いるのは、
本来はチョイ役の医師グランヴィル。
ヴィオレッタの病状を常に診てきた彼の目線を通じて、
ドラマが展開していくという演出だ。
観ていて「なぁるほど」と感じたのは、
3幕への前奏曲のシーン。
その前の仮面舞踏会の大騒ぎに参集していた客たちが
ストップモーションになり、
グランヴィルが部屋の外へと押し戻していく。
この場面の光景が演出家の脳裏にまずアイディアとして浮かんで、
今回の演出コンセプトや細部が練り上げられていったのではないか、
と思わせるほど、オペラ全体の「核」ともいえる印象的な場面だった。
ラストのヴィオレッタの死も、
居合わせたアルフレードやジョルジョ・ジェルモンらが
「現在進行形」として彼女の死に接するのではなく、
それぞれの立場や想いで悲しみにくれている前で、
ヴィオレッタが息絶える。
核と芯がしっかりと定まったオペラ演出で、
納得のプロダクション!
主役のヴィオレッタは、
ナタリー・デセイ。
これが気の毒になるくらい絶不調。
劇中につく咳なんか、
演技なんだか本当のものなんだか・・・。
声に張りと艶はないし、高音もつらそう・・・。
しかし、ヴィオレッタという役、
結核を患い、死が刻々と迫っている女性なのだ。
プリマドンナには気の毒だが、
このくらい絶不調な方が、
かえって迫真の舞台表現になって感動的。
第3幕のヴィオレッタのアリアなど、
ヴィオレッタなんだかナタリー・デセイなんだかわからないくらい
切々とした歌唱で、涙腺を刺激されてしまった。
ヴェルディ「ラ・トラヴィアータ」
[2012年5月17日(木) 新宿ピカデリー]
2011-2012シーズンのMETライブビューイング、
その最終上映は「ラ・トラヴィアータ」。
2年前NYで、かのゼッフィレッリによる
豪華で時代の空気忠実に描いた名演出版の
最後のステージに感銘をうけたが、
今回は、ヴィリー・デッカーによる
モダンなデザインの演出。
半円形一杯飾りのシンプルな装置、
大きな丸い時計が飾られ、
針が時を進めていく。
白い壁、
男も女も黒い衣装、
その中でヴィオレッタだけが深紅のワンピース。
配色もシンプルだが、
その分、ドラマと演出意図が伝わりやすい舞台だ。
その舞台装置の中に「常に」いるのは、
本来はチョイ役の医師グランヴィル。
ヴィオレッタの病状を常に診てきた彼の目線を通じて、
ドラマが展開していくという演出だ。
観ていて「なぁるほど」と感じたのは、
3幕への前奏曲のシーン。
その前の仮面舞踏会の大騒ぎに参集していた客たちが
ストップモーションになり、
グランヴィルが部屋の外へと押し戻していく。
この場面の光景が演出家の脳裏にまずアイディアとして浮かんで、
今回の演出コンセプトや細部が練り上げられていったのではないか、
と思わせるほど、オペラ全体の「核」ともいえる印象的な場面だった。
ラストのヴィオレッタの死も、
居合わせたアルフレードやジョルジョ・ジェルモンらが
「現在進行形」として彼女の死に接するのではなく、
それぞれの立場や想いで悲しみにくれている前で、
ヴィオレッタが息絶える。
核と芯がしっかりと定まったオペラ演出で、
納得のプロダクション!
主役のヴィオレッタは、
ナタリー・デセイ。
これが気の毒になるくらい絶不調。
劇中につく咳なんか、
演技なんだか本当のものなんだか・・・。
声に張りと艶はないし、高音もつらそう・・・。
しかし、ヴィオレッタという役、
結核を患い、死が刻々と迫っている女性なのだ。
プリマドンナには気の毒だが、
このくらい絶不調な方が、
かえって迫真の舞台表現になって感動的。
第3幕のヴィオレッタのアリアなど、
ヴィオレッタなんだかナタリー・デセイなんだかわからないくらい
切々とした歌唱で、涙腺を刺激されてしまった。
2012年5月7日月曜日
40年なんて、まだまだ若い!
■新日本フィル創立40周年記念特別演奏会
[2012年5月7日(月) すみだトリフォニーホール]
新日本フィルが「誕生」した40年前は、
ちょうどオーケストラの演奏会に通い出した頃。
音楽業の右も左もわからず、
ただ「生」で聴くオーケストラの響きに
ワクワクドキドキしていただけの中学生が目の当たりにしたのは、
「民間放送局の支援打ち切り」とか
「オーケストラの分裂」とか
「組合系と非組合系」とか
けっこう社会的で生々しい話題だったなぁ・・・。
オーケストラの経歴で40年なんてのはまだまだ若い。
そしてこの40周年を記念する演奏会も、
そんな「若さ」が漲っていた。
この場合の「若さ」とは、「未熟」とか「完成度の低さ」ではない。
「活力」とか「張り」みたいなもの。
プログラムは、
R.シュトラウス:組曲「町人貴族」
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ワーグナーを軸として、
音楽的にも時代的にも影響しあった3人の作曲家の作品を組み合わせた
渋くて面白いプログラムだ。
指揮は、「若い」ダニエル・ハーディング。
メッツォ・ソプラノは藤村実穂子。
1曲目の「町人貴族」。
小編成のアンサンブルにピアノ(三輪郁)が加わったオケから、
なんとも張りと艶のある響きがして、びっくり。
2曲目の「ヴェーゼンドンク歌曲集」は、
オケの重厚な響きにのって歌い出された
藤村実穂子さんの張りのある声にびっくり。
3階席後方で聴いていたこちらの「耳」と「心」に
しっかりと音楽として伝わってくる演奏・歌唱で、
まさに感動的な名演。
Brava!
3曲目のマーラー「巨人」も、
透明感と勢いのある音作りで、
あぁマーラーはこんな響きを思い描いてこの曲を作ったんだな、
などと想像したくなるような快演。
ピアニッシモ部分の緻密な響きが印象的でした。
Bravi!
これからも新日本フィルの若さ漲る演奏活動を見守っていきたい。
[2012年5月7日(月) すみだトリフォニーホール]
新日本フィルが「誕生」した40年前は、
ちょうどオーケストラの演奏会に通い出した頃。
音楽業の右も左もわからず、
ただ「生」で聴くオーケストラの響きに
ワクワクドキドキしていただけの中学生が目の当たりにしたのは、
「民間放送局の支援打ち切り」とか
「オーケストラの分裂」とか
「組合系と非組合系」とか
けっこう社会的で生々しい話題だったなぁ・・・。
オーケストラの経歴で40年なんてのはまだまだ若い。
そしてこの40周年を記念する演奏会も、
そんな「若さ」が漲っていた。
この場合の「若さ」とは、「未熟」とか「完成度の低さ」ではない。
「活力」とか「張り」みたいなもの。
プログラムは、
R.シュトラウス:組曲「町人貴族」
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ワーグナーを軸として、
音楽的にも時代的にも影響しあった3人の作曲家の作品を組み合わせた
渋くて面白いプログラムだ。
指揮は、「若い」ダニエル・ハーディング。
メッツォ・ソプラノは藤村実穂子。
1曲目の「町人貴族」。
小編成のアンサンブルにピアノ(三輪郁)が加わったオケから、
なんとも張りと艶のある響きがして、びっくり。
2曲目の「ヴェーゼンドンク歌曲集」は、
オケの重厚な響きにのって歌い出された
藤村実穂子さんの張りのある声にびっくり。
3階席後方で聴いていたこちらの「耳」と「心」に
しっかりと音楽として伝わってくる演奏・歌唱で、
まさに感動的な名演。
Brava!
3曲目のマーラー「巨人」も、
透明感と勢いのある音作りで、
あぁマーラーはこんな響きを思い描いてこの曲を作ったんだな、
などと想像したくなるような快演。
ピアニッシモ部分の緻密な響きが印象的でした。
Bravi!
これからも新日本フィルの若さ漲る演奏活動を見守っていきたい。
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