今回のN響定期は、二人のイタリア人が登場。
ひとりは、ミラノ生まれの指揮者ジャナンドレア・ノセダ。
そしてもうひとりは、トリノ生まれのチェリスト、エンリコ・ディンド。
この二人のイタリア男が、
ロシア物のプログラムで、
なかなか良い演奏を聴かせてくれた。
■N響第1723回定期公演
[2012年2月22日(水) サントリーホール]
曲目は、
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番
ラフマニノフ:交響曲第3番
ロシア物といっても、全くタイプの違う2曲だ。
ショスタコーヴィチの静かな情熱が秘められたようなコンチェルトを、
エンリコ・ディンドのチェロが繊細かつ歌心をもって紡いでいく。
ああ、イタリア人の演奏だな、と感心!
ラフマニノフの交響曲は、
その「甘ったるさ」ゆえにどうもあまり好きになれないのだが、
ノセダの情熱的な指揮姿を「観ながら」聴いていたら、
あっという間に時間が過ぎてしまった。
甘く歌謡的なメロディをたっぷりと歌わせながら、
オーケストラを駆り立てるように煽る。
おとなしく規律正しいN響が、
あと一歩情熱的になって、艶やかさを出してくれたら、
もっとワクワクするような演奏になっただろうに・・・。
でも、ノセダのエスプレッシーヴォな指揮を見ているだけで、
充分楽しめる演奏でした。
2012年2月22日水曜日
2012年2月16日木曜日
日本が守り続けるべきオペラ作品
■新国立劇場「沈黙」
[2012年2月16日(木) 新国立劇場・中劇場]
遠藤周作の名作「沈黙」を松村禎三の台本・作曲でオペラ化した「沈黙」。
1980年にサントリー音楽財団から委嘱された後、13年もの歳月をかけて作曲されたという。
まさに渾身の一作!
キリシタンに対する弾圧が厳しい長崎の地に、自ら志願して赴任した若きポルトガル人宣教師。
彼を中心に、キリシタンたちの信仰、踏み絵、棄教・・・といった「重い」世界が描かれていく。
遠藤周作の原作同様、松村禎三の音楽も、この重い世界に真摯に向き合っている。
西洋の音楽芸術の中のオペラという表現形式をとってはいるものの、もはやこれは「オペラ」を超越した舞台芸術なのではないだろうか。
そう、客席にいて感じたのは、まさに宗教的な空間での「儀式」のような厳粛さのようなもの。
休憩時にシャンパンやワインを飲む観客の姿や、カーテンコールでの「ブラボー!」が、どこか場違いにさえ感じてしまった。
それほどまでに、舞台芸術の世界を通じて「何か」を考えさせられる見事なプロダクションだった。
演出は、新国立劇場演劇部門の芸術監督、宮田慶子。
斜めに傾いだ十字架が印象的な回り舞台(美術:池田ともゆき)をうまく使った丁寧な演出。
ただ、背景幕に投影される映像は、もう少しダイナミックな方がよかったかな。少なくとも、幕の余白がないくらいにはして欲しかった・・・。
キリシタンを弾圧し、宣教師に棄教をせまる長崎奉行・井上筑後守の衣裳は、橙色の折り紙のような裃姿。権力側の存在としての次元の違いを表したかったのかもしれないが、ちと滑稽すぎる。歌舞伎の赤侍ほど戯画化された役柄でもなく、むしろ当時の日本の為政者として、整然たる論理でキリスト教について発言する「いい役」なのだから、あそこまでデザイン化する必要があったのだろうか・・・?(衣装:半田悦子)
指揮は、新国立劇場初登場という下野竜也。
ピットでの指揮ぶりを見ていても、音楽の構造や流れが明確で、力強い「芯」のある音楽づくりをしていた。見事!
出演者は、宣教師ロドリゴを演じた小原啓楼が熱演!
ロドリゴの師で、棄教し日本に帰化したフェレイラを演じたのは、与那城敬。見た目もどこか西洋人ぽくて、納得の造形。
ロドリゴをマカオから案内してきたキチジローは桝貴志。棄教しながらも、ロドリゴへの親近感をすてきれない無学な小物ぶりが良く出ていた。
踏み絵を拒んで水磔にされるモキチを演じた鈴木准、その恋人オハルの石橋栄実、その他キリシタンの村人たちも、みな役をきちんと造形していて説得力がある。
これは日本人でしか描けないオペラなのかなぁ・・・?
たとえそうだとしても、日本の国立歌劇場である「新国立劇場」をはじめ、日本のオペラ界がきちんと守り続けていかなければならない作品であることは確かだ。
[2012年2月16日(木) 新国立劇場・中劇場]
遠藤周作の名作「沈黙」を松村禎三の台本・作曲でオペラ化した「沈黙」。
1980年にサントリー音楽財団から委嘱された後、13年もの歳月をかけて作曲されたという。
まさに渾身の一作!
キリシタンに対する弾圧が厳しい長崎の地に、自ら志願して赴任した若きポルトガル人宣教師。
彼を中心に、キリシタンたちの信仰、踏み絵、棄教・・・といった「重い」世界が描かれていく。
遠藤周作の原作同様、松村禎三の音楽も、この重い世界に真摯に向き合っている。
西洋の音楽芸術の中のオペラという表現形式をとってはいるものの、もはやこれは「オペラ」を超越した舞台芸術なのではないだろうか。
そう、客席にいて感じたのは、まさに宗教的な空間での「儀式」のような厳粛さのようなもの。
休憩時にシャンパンやワインを飲む観客の姿や、カーテンコールでの「ブラボー!」が、どこか場違いにさえ感じてしまった。
それほどまでに、舞台芸術の世界を通じて「何か」を考えさせられる見事なプロダクションだった。
演出は、新国立劇場演劇部門の芸術監督、宮田慶子。
斜めに傾いだ十字架が印象的な回り舞台(美術:池田ともゆき)をうまく使った丁寧な演出。
ただ、背景幕に投影される映像は、もう少しダイナミックな方がよかったかな。少なくとも、幕の余白がないくらいにはして欲しかった・・・。
キリシタンを弾圧し、宣教師に棄教をせまる長崎奉行・井上筑後守の衣裳は、橙色の折り紙のような裃姿。権力側の存在としての次元の違いを表したかったのかもしれないが、ちと滑稽すぎる。歌舞伎の赤侍ほど戯画化された役柄でもなく、むしろ当時の日本の為政者として、整然たる論理でキリスト教について発言する「いい役」なのだから、あそこまでデザイン化する必要があったのだろうか・・・?(衣装:半田悦子)
指揮は、新国立劇場初登場という下野竜也。
ピットでの指揮ぶりを見ていても、音楽の構造や流れが明確で、力強い「芯」のある音楽づくりをしていた。見事!
出演者は、宣教師ロドリゴを演じた小原啓楼が熱演!
ロドリゴの師で、棄教し日本に帰化したフェレイラを演じたのは、与那城敬。見た目もどこか西洋人ぽくて、納得の造形。
ロドリゴをマカオから案内してきたキチジローは桝貴志。棄教しながらも、ロドリゴへの親近感をすてきれない無学な小物ぶりが良く出ていた。
踏み絵を拒んで水磔にされるモキチを演じた鈴木准、その恋人オハルの石橋栄実、その他キリシタンの村人たちも、みな役をきちんと造形していて説得力がある。
これは日本人でしか描けないオペラなのかなぁ・・・?
たとえそうだとしても、日本の国立歌劇場である「新国立劇場」をはじめ、日本のオペラ界がきちんと守り続けていかなければならない作品であることは確かだ。
2012年2月12日日曜日
NYが生んだバロック・オペラ
今シーズンのMETライブビューイングのラインナップの中で、
一番期待していた作品を観に行った。
■METライブビューイング「エンチャンテッド・アイランド」
[2012年2月12日(日) 新宿ピカデリー]
ヘンデル、ヴィヴァルディ、ラモーをはじめ、
ルクレール、パーセル、カンプラ、
Jean-Fery RebelとかGiovanni Battista Ferrandiniなんていう聞いたこともないバロックの作曲家の曲で構成した「新作バロック・オペラ」。
いわゆる、寄せ集めの「パスティーシュ」だ。
おはなしの方は、シェイクスピアの「テンペスト」の世界に
「夏の夜の夢」の恋人たちを登場させたオリジナル台本。
「テンペスト」のプロスペローの島に、
新婚旅行航海中の「夏の夜~」の二組のカップルが難破して漂着。
妖精アリエルの魔法の掛け違いで、
プロスペローの娘ミランダと、魔女シコラクスの息子キャリバンを含めた6人の男女の組み合わせがごちゃごちゃになって大騒動を繰り広げる。
良く知られたシェイクスピアの登場人物たちが、
バロック音楽にのって繰り広げる「新作」の世界。
「なんちゃってバロック」にならないかと心配していたが、
これがどうして、活きのいいバロックオペラとなっていて、
いやぁ面白く拝見しました。
思えば、バロックオペラというものは、
王侯貴族が、その財力や権力の象徴として産み出した、
絢爛豪華な舞台芸術。
とすれば、現代ニューヨークのメトロポリタン・オペラこそ、
この地球上で絢爛豪華なバロック芸術を花開かせることのできる
唯一のオペラハウスなのかもしれない。
観終わって、「バロック芸術」について考えながら歩いていると、
ふとローマのボルゲーゼ美術館で見たベルニーニの彫刻「アポロとダフネ」が目に浮かんだ。
アポロに触れられた途端、月桂樹に姿を変えていくダフネ。
現実にはそんなこと起こるわけがないのに、
あたかも「そういうことがあった」と実感せざるを得ない芸術の力・・・。
嵐や海、怒りや愛、
なんでも描いてしまうバロック音楽に耳を傾けているうちに、
パスティッチョされた(寄せ集められた)バロック・オペラ
という架空の世界が醸し出す「芸術的説得力」に感心した。
出演者は、みなもう素晴らしく魅力的。
ネプチューンを演じたドミンゴなんか、その登場のシーンの演出の豪華さもあって、
ご立派の一言。Bravo!
「夏の夜~」のパックのような軽やかさで
妖精アリエルを歌い演じたダニエル・ドゥ・ニースがBrava!
「ドン・ジョヴァンニ」のレポレッロで好演したルカ・ピザローニはキャリバン。
おでこが黄色で顔が白塗り、見た目には誰だかわからないくらいの怪物メイクが可哀想だったが、もともと演技力がちゃんとしている人なんだな。単なる化け物ではなく、しっかりと「心」をもったキャリバンに仕上がっていました。Bravo!
そのほか、出演者全員Bravi!!!
それから、この構成を考え台本をつくったジェレミー・サムズもBravo!
こういう才能の人がいるんだねぇ。
指揮のウイリアム・クリスティーともども、
バロック世界に精通したアーティストが揃ったからこそ成し得た「新作」といえるかもしれない。
これは「観るべし!」です。
一番期待していた作品を観に行った。
■METライブビューイング「エンチャンテッド・アイランド」
[2012年2月12日(日) 新宿ピカデリー]
ヘンデル、ヴィヴァルディ、ラモーをはじめ、
ルクレール、パーセル、カンプラ、
Jean-Fery RebelとかGiovanni Battista Ferrandiniなんていう聞いたこともないバロックの作曲家の曲で構成した「新作バロック・オペラ」。
いわゆる、寄せ集めの「パスティーシュ」だ。
おはなしの方は、シェイクスピアの「テンペスト」の世界に
「夏の夜の夢」の恋人たちを登場させたオリジナル台本。
「テンペスト」のプロスペローの島に、
新婚旅行航海中の「夏の夜~」の二組のカップルが難破して漂着。
妖精アリエルの魔法の掛け違いで、
プロスペローの娘ミランダと、魔女シコラクスの息子キャリバンを含めた6人の男女の組み合わせがごちゃごちゃになって大騒動を繰り広げる。
良く知られたシェイクスピアの登場人物たちが、
バロック音楽にのって繰り広げる「新作」の世界。
「なんちゃってバロック」にならないかと心配していたが、
これがどうして、活きのいいバロックオペラとなっていて、
いやぁ面白く拝見しました。
思えば、バロックオペラというものは、
王侯貴族が、その財力や権力の象徴として産み出した、
絢爛豪華な舞台芸術。
とすれば、現代ニューヨークのメトロポリタン・オペラこそ、
この地球上で絢爛豪華なバロック芸術を花開かせることのできる
唯一のオペラハウスなのかもしれない。
観終わって、「バロック芸術」について考えながら歩いていると、
ふとローマのボルゲーゼ美術館で見たベルニーニの彫刻「アポロとダフネ」が目に浮かんだ。
アポロに触れられた途端、月桂樹に姿を変えていくダフネ。
現実にはそんなこと起こるわけがないのに、
あたかも「そういうことがあった」と実感せざるを得ない芸術の力・・・。
嵐や海、怒りや愛、
なんでも描いてしまうバロック音楽に耳を傾けているうちに、
パスティッチョされた(寄せ集められた)バロック・オペラ
という架空の世界が醸し出す「芸術的説得力」に感心した。
出演者は、みなもう素晴らしく魅力的。
ネプチューンを演じたドミンゴなんか、その登場のシーンの演出の豪華さもあって、
ご立派の一言。Bravo!
「夏の夜~」のパックのような軽やかさで
妖精アリエルを歌い演じたダニエル・ドゥ・ニースがBrava!
「ドン・ジョヴァンニ」のレポレッロで好演したルカ・ピザローニはキャリバン。
おでこが黄色で顔が白塗り、見た目には誰だかわからないくらいの怪物メイクが可哀想だったが、もともと演技力がちゃんとしている人なんだな。単なる化け物ではなく、しっかりと「心」をもったキャリバンに仕上がっていました。Bravo!
そのほか、出演者全員Bravi!!!
それから、この構成を考え台本をつくったジェレミー・サムズもBravo!
こういう才能の人がいるんだねぇ。
指揮のウイリアム・クリスティーともども、
バロック世界に精通したアーティストが揃ったからこそ成し得た「新作」といえるかもしれない。
これは「観るべし!」です。
2012年2月11日土曜日
モーツァルト時代の響き
■クラシカル・プレイヤーズ東京演奏会 [2012年2月10日(土・祝) 東京文化会館・小ホール]
有田正広氏が指揮するオリジナル楽器のオーケストラ、
「クラシカル・プレイヤーズ東京」の演奏会に出かけた。
プログラムは、すべてモーツァルトの協奏曲。
フルート協奏曲第2番(独奏:有田正広)
ホルン協奏曲第3番(独奏:大野雄太)
ヴァイオリン協奏曲第3番(独奏:弓新)
クラリネット協奏曲(独奏:満江菜穂子)
・・・という名曲揃い。
チケットも完売という盛況ぶり。
聴きなれた名曲が、オリジナル楽器特有の低いピッチによる
少し翳りのある響きで描き出されていく・・・。
楽器の機能は現代のものとは格段に違うので、
音を正確に出したり、速いパッセージを演奏すること自体に、
並々ならぬ工夫と苦労が感じられる。
モーツァルトの生きた時代には、
楽器はみんなこの程度の機能だったんだなぁ・・・
などと思いながら、改めて曲に聞き入ってみると、
その制約の中で、これだけ伸び伸び溌剌とした音楽を産み出した
モーツァルトの創造性に感心した次第。
そうそう、冒頭のフルート協奏曲。
いきなり有田氏のフルート独奏によるカデンツァで始まったのにはびっくり。
こういうことって、もしかしたら18世紀とかにはよくあるパターンだったのかなぁ・・・?
なかなかに興味深く面白い演奏会でした。
有田正広氏が指揮するオリジナル楽器のオーケストラ、
「クラシカル・プレイヤーズ東京」の演奏会に出かけた。
プログラムは、すべてモーツァルトの協奏曲。
フルート協奏曲第2番(独奏:有田正広)
ホルン協奏曲第3番(独奏:大野雄太)
ヴァイオリン協奏曲第3番(独奏:弓新)
クラリネット協奏曲(独奏:満江菜穂子)
・・・という名曲揃い。
チケットも完売という盛況ぶり。
聴きなれた名曲が、オリジナル楽器特有の低いピッチによる
少し翳りのある響きで描き出されていく・・・。
楽器の機能は現代のものとは格段に違うので、
音を正確に出したり、速いパッセージを演奏すること自体に、
並々ならぬ工夫と苦労が感じられる。
モーツァルトの生きた時代には、
楽器はみんなこの程度の機能だったんだなぁ・・・
などと思いながら、改めて曲に聞き入ってみると、
その制約の中で、これだけ伸び伸び溌剌とした音楽を産み出した
モーツァルトの創造性に感心した次第。
そうそう、冒頭のフルート協奏曲。
いきなり有田氏のフルート独奏によるカデンツァで始まったのにはびっくり。
こういうことって、もしかしたら18世紀とかにはよくあるパターンだったのかなぁ・・・?
なかなかに興味深く面白い演奏会でした。
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