2012年1月28日土曜日
2012年1月27日金曜日
街で見かけた変なもの(1)
2012年1月25日水曜日
グレン・グールドの人間性に触れる
渋谷の小さな映画館で、
グレン・グールドを描いたドキュメンタリー映画を観る。
■「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」
[2012年1月25日(水) 渋谷・アップリンク]
原題は、“Genius Within The Inner Life of Glenn Gould”。
ミシェル・オゼとピーター・レイモントの共同監督による2009年カナダ映画だ。
映画の公式サイトはこちら
http://www.uplink.co.jp/gould/
映画の時間軸は、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」による衝撃的なレコード・デビューから、その死まで。
グールドを追った記録映像に、プライベートで重要な役割をした3人の女性や緻密なレコーディング作業を共にしたスタッフ、プロデューサーやアシュケナージのような同僚ピアニストなどの証言映像を交えて坦々と追っていく。
そこからは、エキセントリックな言動に彩られた「天才」の「ミステリアス」な人生ではなく、
驚くほど穏やかな一人の男の純粋な人生が浮かび上がってきた。
ただ、その「穏やかさ」は、カナダの大自然のようで、他人との関係では時として不器用で、場合によっては周囲に牙をむくこともある。
それは、グールドという人が、限りなく「純粋」だった証し。
この映画を観て、グールドの弾くバッハやベートーヴェンを改めてじっくりと聴いてみたくなった。
音楽ファン、ピアノ・ファン、グールド・ファンならずとも、必見のドキュメンタリー映画です。
グレン・グールドを描いたドキュメンタリー映画を観る。
■「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」
[2012年1月25日(水) 渋谷・アップリンク]
原題は、“Genius Within The Inner Life of Glenn Gould”。
ミシェル・オゼとピーター・レイモントの共同監督による2009年カナダ映画だ。
映画の公式サイトはこちら
http://www.uplink.co.jp/gould/
映画の時間軸は、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」による衝撃的なレコード・デビューから、その死まで。
グールドを追った記録映像に、プライベートで重要な役割をした3人の女性や緻密なレコーディング作業を共にしたスタッフ、プロデューサーやアシュケナージのような同僚ピアニストなどの証言映像を交えて坦々と追っていく。
そこからは、エキセントリックな言動に彩られた「天才」の「ミステリアス」な人生ではなく、
驚くほど穏やかな一人の男の純粋な人生が浮かび上がってきた。
ただ、その「穏やかさ」は、カナダの大自然のようで、他人との関係では時として不器用で、場合によっては周囲に牙をむくこともある。
それは、グールドという人が、限りなく「純粋」だった証し。
この映画を観て、グールドの弾くバッハやベートーヴェンを改めてじっくりと聴いてみたくなった。
音楽ファン、ピアノ・ファン、グールド・ファンならずとも、必見のドキュメンタリー映画です。
2012年1月20日金曜日
現代に生きるMETの総合力が結実
■METライブビューイング「ファウスト」
[2012年1月20日(金) 新宿ピカデリー]
今年に入ってから2本目のMETライブビューイングは、
グノーの「ファウスト」。
演出は、デス・マッカナフ。
時代を二つの世界大戦の間にし、
ファウスト博士は原爆の開発者という設定。
ファウストといえばゲーテの名作だけに、
この演出上の読み替えに、はじめはどうなることやらと心配したが、
とても丁寧に演出されたプロダクションで、最後まで違和感なく鑑賞できた。
ファウスト、メフィストフェレス、マルガレーテの三人の主要人物のうち、
マルガレーテの顔を各幕の冒頭に映像で大写しし、
彼女の心の変化を軸にドラマを演出している。
METの客席からではなく、映画館で鑑賞する演技ということもあるだろうが、
劇中のマルガレーテの表情や、昇天していくときの毅然とした顔つきなどにも、
演出家のこだわりが見てとれた。
ファウスト博士は、ヨナス・カウフマン。
老博士のときの声と演技も見事だったが、
やはり何と言っても、若さを得たファウスト青年の力強く張りのあるテノールは流石。
Bravo!
メフィストフェレスはルネ・パーペ。
目の表情や体全体から発散される「悪」の色気が見事。
Bravo!
マルガレーテはマリーナ・ポプラフスカヤ。
正直言って、あまり好きな顔立ちの人ではないのだが、
今回は、「私は美人でもお嬢様でもない」と歌う、その外見が、
マルガレーテの悲劇と時代設定にマッチしていて、
こちらもBrava!
とにかく、この三者の歌唱と演技が見事でBravi!
ほかには、昨シーズンの「ニクソン・イン・チャイナ」で周恩来を演じていたバリトンのラッセル・ブローンが、マルガレーテの実直な兄ヴァレンティンを好演。
そして何よりも、大人数の合唱や助演が見事。
兵隊が戦争から戻ってくるシーンなど、単なる「凱旋」の場面にはせず、戦死した戦友の母親や、恋人(夫)の死を知って落胆する女などを群衆の中に細かく描き、戦争の残酷さや悲惨さをアピールいたのには感心。そして、音楽も単なる勇ましい凱旋の合唱ではなく、どこか重々しく翳りのある響きにしていたのも見事。
この「兵士の合唱」のシーン、思わず目頭が熱くなってしまった。
現代社会の中で、METという豪華なオペラの殿堂からでも、確信に満ちたメッセージは発信していかなければならない、という気魄のようなものが感じられ、感動的な場面だった。
指揮はカナダ人指揮者、ヤニック・ネゼ=セギャン。
陰影の変化と温かみある音楽をオーケストラから紡ぎだしていて、
こちらもBravo!
音楽にしろ演出にしろ、METのドラマ作りにおける総合力が結実したような見事なプロダクションでした!
[2012年1月20日(金) 新宿ピカデリー]
今年に入ってから2本目のMETライブビューイングは、
グノーの「ファウスト」。
演出は、デス・マッカナフ。
時代を二つの世界大戦の間にし、
ファウスト博士は原爆の開発者という設定。
ファウストといえばゲーテの名作だけに、
この演出上の読み替えに、はじめはどうなることやらと心配したが、
とても丁寧に演出されたプロダクションで、最後まで違和感なく鑑賞できた。
ファウスト、メフィストフェレス、マルガレーテの三人の主要人物のうち、
マルガレーテの顔を各幕の冒頭に映像で大写しし、
彼女の心の変化を軸にドラマを演出している。
METの客席からではなく、映画館で鑑賞する演技ということもあるだろうが、
劇中のマルガレーテの表情や、昇天していくときの毅然とした顔つきなどにも、
演出家のこだわりが見てとれた。
ファウスト博士は、ヨナス・カウフマン。
老博士のときの声と演技も見事だったが、
やはり何と言っても、若さを得たファウスト青年の力強く張りのあるテノールは流石。
Bravo!
メフィストフェレスはルネ・パーペ。
目の表情や体全体から発散される「悪」の色気が見事。
Bravo!
マルガレーテはマリーナ・ポプラフスカヤ。
正直言って、あまり好きな顔立ちの人ではないのだが、
今回は、「私は美人でもお嬢様でもない」と歌う、その外見が、
マルガレーテの悲劇と時代設定にマッチしていて、
こちらもBrava!
とにかく、この三者の歌唱と演技が見事でBravi!
ほかには、昨シーズンの「ニクソン・イン・チャイナ」で周恩来を演じていたバリトンのラッセル・ブローンが、マルガレーテの実直な兄ヴァレンティンを好演。
そして何よりも、大人数の合唱や助演が見事。
兵隊が戦争から戻ってくるシーンなど、単なる「凱旋」の場面にはせず、戦死した戦友の母親や、恋人(夫)の死を知って落胆する女などを群衆の中に細かく描き、戦争の残酷さや悲惨さをアピールいたのには感心。そして、音楽も単なる勇ましい凱旋の合唱ではなく、どこか重々しく翳りのある響きにしていたのも見事。
この「兵士の合唱」のシーン、思わず目頭が熱くなってしまった。
現代社会の中で、METという豪華なオペラの殿堂からでも、確信に満ちたメッセージは発信していかなければならない、という気魄のようなものが感じられ、感動的な場面だった。
指揮はカナダ人指揮者、ヤニック・ネゼ=セギャン。
陰影の変化と温かみある音楽をオーケストラから紡ぎだしていて、
こちらもBravo!
音楽にしろ演出にしろ、METのドラマ作りにおける総合力が結実したような見事なプロダクションでした!
2012年1月19日木曜日
パガニーニの技巧と歌心
■アドリアン・ユストゥス ヴァイオリンリサイタル
[2012年1月19日(木) 紀尾井ホール]
メキシコ人ヴァイオリニスト、アドリアン・ユストゥスの演奏会を聴く。
プログラムは、パガニーニの「24のカプリス」全曲!と
ドビュッシーのソナタという変わった組み合わせ。
メキシコでヴァイオリンというと、ヘンリク・シェリングを連想してしまうが、
アドリアン・ユステゥスは、メキシコと縁の深い日本人ヴァイオリニスト黒沼ユリ子さんの“弟子”。
そして、パガニーニのカプリス全曲を演奏会の曲目にするくらいだから、テクニック至上かというと、温かく人間性と“歌心”がステージから感じられて好感の持てる演奏家だった
演奏は、24曲を番号順に演奏するのではなく、
調整や曲のイメージから順番を入れ替えて演奏。
そして、ほとんどの曲の前で、曲のイメージするところを短く客席に伝え、各曲ごとに拍手を受ける。
だから、通して演奏しても1時間半近くかかるところ、
パガニーニが終わった段階で9時近く。
それから15分の休憩をとって、ドビュッシーとアンコール3曲。
終演したのは9時40分頃!
図らずも体力勝負の演奏会となってしまったが、まとめて聴く機会など滅多にないパガニーニをじっくり堪能しながら、その技巧に驚嘆し、曲に込められた歌心を楽しむことのできた一夜でした。
ドビュッシーとアンコールでのピアノ伴奏は、
同じくメキシコ人ピアニストのラファエル・ゲーラ。
[2012年1月19日(木) 紀尾井ホール]
メキシコ人ヴァイオリニスト、アドリアン・ユストゥスの演奏会を聴く。
プログラムは、パガニーニの「24のカプリス」全曲!と
ドビュッシーのソナタという変わった組み合わせ。
メキシコでヴァイオリンというと、ヘンリク・シェリングを連想してしまうが、
アドリアン・ユステゥスは、メキシコと縁の深い日本人ヴァイオリニスト黒沼ユリ子さんの“弟子”。
そして、パガニーニのカプリス全曲を演奏会の曲目にするくらいだから、テクニック至上かというと、温かく人間性と“歌心”がステージから感じられて好感の持てる演奏家だった
演奏は、24曲を番号順に演奏するのではなく、
調整や曲のイメージから順番を入れ替えて演奏。
そして、ほとんどの曲の前で、曲のイメージするところを短く客席に伝え、各曲ごとに拍手を受ける。
だから、通して演奏しても1時間半近くかかるところ、
パガニーニが終わった段階で9時近く。
それから15分の休憩をとって、ドビュッシーとアンコール3曲。
終演したのは9時40分頃!
図らずも体力勝負の演奏会となってしまったが、まとめて聴く機会など滅多にないパガニーニをじっくり堪能しながら、その技巧に驚嘆し、曲に込められた歌心を楽しむことのできた一夜でした。
ドビュッシーとアンコールでのピアノ伴奏は、
同じくメキシコ人ピアニストのラファエル・ゲーラ。
2012年1月18日水曜日
「オーケストラ」の「音」ではなく・・・
チェコの名匠ラドミル・エリシュカによるチェコ音楽で、
年明け早々幸せなスタートを切ったが、
お次はスラットキンの久々の客演。
■レナード・スラットキン指揮、N響第1719回定期公演
[2012年1月18日(水) サントリーホール]
プログラムは・・・・
ロッシーニ:「どろぼうかささぎ」序曲
ルトスワフスキ:チェロ協奏曲
(チェロ独奏:ジャン・ギアン・ケラス)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
社会主義体制下での産物・ルトスワフスキとショスタコーヴィチの作品の前に置かれたロッシーニって、どんな気分で聴いたらいいのだろう・・・と心配していたが、やっぱりスラットキンという指揮者、良くも悪くも思想性とは無縁のところで、音楽と機能的に向き合う人なのだ、と思った。
ロッシーニ・クレッシェンドは、オペラが始まる前の高揚感でも、ドラマの予感でもなく、ただ楽譜にクレッシェンドと書かれているからクレッシェンドさせただけ。機能としての音しか聴こえてこない。
ショスタコーヴィチにしてもそう。
音楽に込められた作曲家の思いや叫びを読みとって表現するのではなく、オーケストラを極めて効率よくコントロールし、その機能を聴衆に披露する。
それはそれで、ライブ・パフォーマンスとしては面白く聴くことができるだろうけど・・・。
時間とお金を割いてコンサート会場に足を運ぶのは、「オーケストラ」の「音」を聴くためではなく、「音楽」を聴いて「感動」したいためなのではないだろうか。スラットキンの指揮する「オーケストラ」の「音」は、よく鳴ってはいたが、はたしてそこに「音楽」はあったのだろうか・・・?
(オーケストラの生の音に接して「爽快感」を味わう、という聴き方も否定はしないが)
コンサートが終わってホールを出たころには、何も心に残ってはいなかった・・・。
年明け早々幸せなスタートを切ったが、
お次はスラットキンの久々の客演。
■レナード・スラットキン指揮、N響第1719回定期公演
[2012年1月18日(水) サントリーホール]
プログラムは・・・・
ロッシーニ:「どろぼうかささぎ」序曲
ルトスワフスキ:チェロ協奏曲
(チェロ独奏:ジャン・ギアン・ケラス)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
社会主義体制下での産物・ルトスワフスキとショスタコーヴィチの作品の前に置かれたロッシーニって、どんな気分で聴いたらいいのだろう・・・と心配していたが、やっぱりスラットキンという指揮者、良くも悪くも思想性とは無縁のところで、音楽と機能的に向き合う人なのだ、と思った。
ロッシーニ・クレッシェンドは、オペラが始まる前の高揚感でも、ドラマの予感でもなく、ただ楽譜にクレッシェンドと書かれているからクレッシェンドさせただけ。機能としての音しか聴こえてこない。
ショスタコーヴィチにしてもそう。
音楽に込められた作曲家の思いや叫びを読みとって表現するのではなく、オーケストラを極めて効率よくコントロールし、その機能を聴衆に披露する。
それはそれで、ライブ・パフォーマンスとしては面白く聴くことができるだろうけど・・・。
時間とお金を割いてコンサート会場に足を運ぶのは、「オーケストラ」の「音」を聴くためではなく、「音楽」を聴いて「感動」したいためなのではないだろうか。スラットキンの指揮する「オーケストラ」の「音」は、よく鳴ってはいたが、はたしてそこに「音楽」はあったのだろうか・・・?
(オーケストラの生の音に接して「爽快感」を味わう、という聴き方も否定はしないが)
コンサートが終わってホールを出たころには、何も心に残ってはいなかった・・・。
2012年1月13日金曜日
ブラボー!エリシュカ
エリシュカ翁のおかげで、
年のはじめからチェコ音楽の名演に浸って気分は上々だが、
2つ目は、NHKホールでのN響定期。
■ラドミル・エリシュカ指揮、N響第1718回定期公演
[2012年1月13日(金) NHKホール]
スメタナ:交響詩「ワレンシュタインの陣営」
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
ドヴォルザーク:交響曲第6番
なかなか渋いプログラムで、曲目が発表された時から楽しみにしていたもの。
スメタナの「ワレンシュタインの陣営」なんて、日本じゃ滅多に聴く機会がない。
こういうプログラミングをしてくれるのも、チェコ音楽の先人たちの流れを汲む名匠だからこそ可能なわけで、チェコ大好き人間にとってはたまらない。
そのスメタナ作品。
国民音楽の元祖というよりは、リストに影響を受けたドイツ的な音楽を作っていたころの作品。
陣営の様々な情景が目に浮かぶような、解りやすい音楽だ。
続く「シンフォニエッタ」は、ヤナーチェクの“孫弟子”エリシュカ翁の細かく丁寧な音楽づくりが感じられる名演!
冒頭のバンダの音からして、中欧の小都市ブルノの町の空気が感じられるような、翳りと活力の入り混じった素晴らしい響きを醸し出し、一気にヤナーチェクの音の世界に引き込まれていく。
音楽の息遣いや音響世界が独特な、“モラヴィア的風土”が存分に堪能できた。
休憩後のドヴォルザークの交響曲第6番は、チェコの牧歌的な雰囲気が感じられる名曲。ボヘミアの自然や民俗の温もり、人々の生活の喜びが感じられる。ドヴォルザークの交響曲の中でも、個人的には一番好きな曲だ。
こちらも素晴らしい演奏。
エリシュカ翁の信念に満ちた的確な指揮とオーラで、チェコ音楽の幸福感に包まれた一夜。
プログラムの渋さもあって、客席は満席とは言えなかったが、演奏後は盛大なBravo!と拍手。
マエストロも満足そう。
この先、可能な限り何度も来日して、
チェコ音楽の真髄を披露してほしいマエストロだ。
年のはじめからチェコ音楽の名演に浸って気分は上々だが、
2つ目は、NHKホールでのN響定期。
■ラドミル・エリシュカ指揮、N響第1718回定期公演
[2012年1月13日(金) NHKホール]
スメタナ:交響詩「ワレンシュタインの陣営」
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
ドヴォルザーク:交響曲第6番
なかなか渋いプログラムで、曲目が発表された時から楽しみにしていたもの。
スメタナの「ワレンシュタインの陣営」なんて、日本じゃ滅多に聴く機会がない。
こういうプログラミングをしてくれるのも、チェコ音楽の先人たちの流れを汲む名匠だからこそ可能なわけで、チェコ大好き人間にとってはたまらない。
そのスメタナ作品。
国民音楽の元祖というよりは、リストに影響を受けたドイツ的な音楽を作っていたころの作品。
陣営の様々な情景が目に浮かぶような、解りやすい音楽だ。
続く「シンフォニエッタ」は、ヤナーチェクの“孫弟子”エリシュカ翁の細かく丁寧な音楽づくりが感じられる名演!
冒頭のバンダの音からして、中欧の小都市ブルノの町の空気が感じられるような、翳りと活力の入り混じった素晴らしい響きを醸し出し、一気にヤナーチェクの音の世界に引き込まれていく。
音楽の息遣いや音響世界が独特な、“モラヴィア的風土”が存分に堪能できた。
休憩後のドヴォルザークの交響曲第6番は、チェコの牧歌的な雰囲気が感じられる名曲。ボヘミアの自然や民俗の温もり、人々の生活の喜びが感じられる。ドヴォルザークの交響曲の中でも、個人的には一番好きな曲だ。
こちらも素晴らしい演奏。
エリシュカ翁の信念に満ちた的確な指揮とオーラで、チェコ音楽の幸福感に包まれた一夜。
プログラムの渋さもあって、客席は満席とは言えなかったが、演奏後は盛大なBravo!と拍手。
マエストロも満足そう。
この先、可能な限り何度も来日して、
チェコ音楽の真髄を披露してほしいマエストロだ。
2012年1月10日火曜日
バロック・オペラでオペラ始め
2012年のオペラ始めは、バロック・オペラ。
・・・といっても、映画館での鑑賞だけど。
■METライブビューイング「ロデリンダ」
[2012年1月10日(火) 新宿ピカデリー]
バロック・オペラというと、曲調も全編バロック音楽だし(当たり前だ!)、何度も同じことばかり歌うし、そのお陰で長いし・・・で、あまり積極的に接してはこなかった。
この「ロデリンダ」も「どうかなぁ・・・?」と思っていたが、METの“女王”ルネ・フレミングが大切にしているらしい演目ということなので、映画館に足を運んだ次第。
・・・で、観終わっての感想だけど、
何よりも演出が素晴らしい!
演出は、スティーヴン・ワズワース。
この人、インタヴューでも言っていたが、18世紀大好き人間らしく、バロック・オペラに対する愛情の深さと知識の豊かさが画面を観ていても感じられる。
舞台は、イタリア半島北部ロンバルド、つまりミラノの宮廷。
ロンバルディアあたりでよく見かける城の塔や中庭が忠実に再現されている。
そして、宮廷内の図書室や裏庭、馬小屋などが左右にスライドされていく。
舞台転換がスムーズで各場の空間的な関連が解りやすく、音楽を途切れさせることもない。
舞台袖が広いMETの舞台機構を存分に駆使したアイディアだ。
美術のデザインは、いわゆる等身大。
誇張や抽象化は一切ない。
大勢の人間が仕事をしている宮廷らしく、衛兵が横切ったり、庭師が花の手入れをしたり・・・、と助演の使い方・動かし方も「動く舞台美術」となっていて効果的だ。
その中で、バロック・オペラ特有の「歌」が、技巧を駆使して歌われていく。
歌詞を文字化すると少しのことしか言っていない、いわゆる「ダ・カーポ・アリア」なのだが、装飾音の付け方や演技がきちんと演出されているので、単なる「繰り返し」に終わらず、感情の変化が自然と客席に伝わり、ドラマとして「歌」が成立している。
この演出家、大した力量だし、それに応えて歌い演じた歌手たちも見事!
おかげで「バロック・オペラってこういう面白さがあるんだ」と、
遅ればせながら認識させられた次第。
王妃ロデリンダの夫で王位を略奪されていた元王べルタリドを演じたアンドレアス・ショルと、その忠実な腹心ウヌルフォを演じたイェスティン・デイヴィィーズは、カウンターテナー。
ヘンデルの時代には、カストラートが歌い演じた役だが、カウンターテナーだと発声が「裏声」だから、他のオペラ歌手たちとの異質感はどうしても生じてしまう。
映画館では、慣れてしまえばそれでいいが、実際のMETの劇場空間ではどのように彼らの「裏声」が聴こえたんだろうか?
現代では叶わないことだろうけど、カストラートだったら、どんな表現になっていたんだろう・・・などと想像もしてしまった。
(もっとも、バロック時代のカストラートだったら、細かい演技などはしなかっただろうけどね)
ロデリンダとベルタリドの息子フラヴィオを演じた少年(歌はなく、黙役)が、王子らしい気品とあどけなさのバランスが良くBravo!
ベルタリドの妹で、婚約者から振られ続けるエディージェを演じたのは、ワーグナー「指輪チクルス」のフリッカ役、その巨大な存在感で圧倒しているステファニー・プライズ。巨大な体型が、正直はじめのうちは滑稽にも見えたが、「歌のドラマ表現」は流石に素晴らしく、可憐な女心も見えてきてBrava!でした。
そうそう、ヘンデルの音楽をドラマチックに指揮した、バロック音楽のスペシャリスト、ハリー・ビケットにもBravo!
・・・といっても、映画館での鑑賞だけど。
■METライブビューイング「ロデリンダ」
[2012年1月10日(火) 新宿ピカデリー]
バロック・オペラというと、曲調も全編バロック音楽だし(当たり前だ!)、何度も同じことばかり歌うし、そのお陰で長いし・・・で、あまり積極的に接してはこなかった。
この「ロデリンダ」も「どうかなぁ・・・?」と思っていたが、METの“女王”ルネ・フレミングが大切にしているらしい演目ということなので、映画館に足を運んだ次第。
・・・で、観終わっての感想だけど、
何よりも演出が素晴らしい!
演出は、スティーヴン・ワズワース。
この人、インタヴューでも言っていたが、18世紀大好き人間らしく、バロック・オペラに対する愛情の深さと知識の豊かさが画面を観ていても感じられる。
舞台は、イタリア半島北部ロンバルド、つまりミラノの宮廷。
ロンバルディアあたりでよく見かける城の塔や中庭が忠実に再現されている。
そして、宮廷内の図書室や裏庭、馬小屋などが左右にスライドされていく。
舞台転換がスムーズで各場の空間的な関連が解りやすく、音楽を途切れさせることもない。
舞台袖が広いMETの舞台機構を存分に駆使したアイディアだ。
美術のデザインは、いわゆる等身大。
誇張や抽象化は一切ない。
大勢の人間が仕事をしている宮廷らしく、衛兵が横切ったり、庭師が花の手入れをしたり・・・、と助演の使い方・動かし方も「動く舞台美術」となっていて効果的だ。
その中で、バロック・オペラ特有の「歌」が、技巧を駆使して歌われていく。
歌詞を文字化すると少しのことしか言っていない、いわゆる「ダ・カーポ・アリア」なのだが、装飾音の付け方や演技がきちんと演出されているので、単なる「繰り返し」に終わらず、感情の変化が自然と客席に伝わり、ドラマとして「歌」が成立している。
この演出家、大した力量だし、それに応えて歌い演じた歌手たちも見事!
おかげで「バロック・オペラってこういう面白さがあるんだ」と、
遅ればせながら認識させられた次第。
王妃ロデリンダの夫で王位を略奪されていた元王べルタリドを演じたアンドレアス・ショルと、その忠実な腹心ウヌルフォを演じたイェスティン・デイヴィィーズは、カウンターテナー。
ヘンデルの時代には、カストラートが歌い演じた役だが、カウンターテナーだと発声が「裏声」だから、他のオペラ歌手たちとの異質感はどうしても生じてしまう。
映画館では、慣れてしまえばそれでいいが、実際のMETの劇場空間ではどのように彼らの「裏声」が聴こえたんだろうか?
現代では叶わないことだろうけど、カストラートだったら、どんな表現になっていたんだろう・・・などと想像もしてしまった。
(もっとも、バロック時代のカストラートだったら、細かい演技などはしなかっただろうけどね)
ロデリンダとベルタリドの息子フラヴィオを演じた少年(歌はなく、黙役)が、王子らしい気品とあどけなさのバランスが良くBravo!
ベルタリドの妹で、婚約者から振られ続けるエディージェを演じたのは、ワーグナー「指輪チクルス」のフリッカ役、その巨大な存在感で圧倒しているステファニー・プライズ。巨大な体型が、正直はじめのうちは滑稽にも見えたが、「歌のドラマ表現」は流石に素晴らしく、可憐な女心も見えてきてBrava!でした。
そうそう、ヘンデルの音楽をドラマチックに指揮した、バロック音楽のスペシャリスト、ハリー・ビケットにもBravo!
2012年1月8日日曜日
大好きなチェコ物で新年スタート!
暮れはポーランド生まれの“爺さん”の振る第九で感動したところだが、
新年はチェコの“爺さん”でコンサート始めとなった。
(“爺さん”好きにとってはたまらない年末年始である!)
■ラドミル・エリシュカ指揮、N響オーチャード定期
[2012年1月8日(日) Bunkamuraオーチャードホール]
曲目は、チェコのお国物プログラム。
スメタナ:「売られた花嫁」序曲
スーク:組曲「おとぎ話」
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界から」
ラドミル・エリシュカはここ数年、
日本での評価と人気が急激に高まっているマエストロ。
実は小生も、札幌や大阪まで足を運んで、老マエストロのドヴォルザークやヤナーチェクに感動してきた手合いの一人・・・。
今回も新年の幕開けに真っ先に選んだのが、この演奏会というわけ。
エリシュカの指揮ぶりを今回あらためてじっくり観察したが、
その「拍」の正確さにびっくり。
建物でいえば「土台がしっかりしている」
絵画でいえば「デッサン力があり、構図がしっかりしている」
・・・とでもいうのだろうか。
とにかく、拍の取り方が明確で、変なブレがない。
よく音楽を指揮してるんだか、音楽に指揮されてるんだかわからない指揮者がいるが、
マエストロ・エリシュカはそんなことはない。
今が何拍目かはっきりわかるのである。
その上で、テンポの変わり目や緩急の指示を明確に出す。
だから、音楽が緩むことなく、作曲家が意図した響きと推進力でドラマが進行していくのだ。
80歳を超えて(1931年生まれというから、今年で81歳)、
この矍鑠ぶりに感服!
そして、その堅牢な音楽からは、チェコの風景や人々の暮らしぶりなど、
「民族性」が心地よい温もりをもって聴く者の心に響いてくる。
2曲目のスーク作曲「おとぎ話」など、
4楽章形式の交響曲風な構成の中で、
ボヘミアの森や草原、古城などが目に浮かぶような名演だった。
そして、メインの「新世界交響曲」は、
この超名曲の、まさにお手本となるような指揮ぶり。
そして、ドヴォルザークへの限りない愛情と共感、
チェコ音楽を演奏する誇り、のようなものが感じられた。
大喝采のBravo!と拍手に応えて、
ドヴォルザークのスラヴ舞曲から第10番「マズルカ」が
お年玉としてプレゼント。
2012年の幕開けを祝うにふさわしい、
幸福感に満ちた素晴らしい演奏会だった!
Bravissimo!!
新年はチェコの“爺さん”でコンサート始めとなった。
(“爺さん”好きにとってはたまらない年末年始である!)
■ラドミル・エリシュカ指揮、N響オーチャード定期
[2012年1月8日(日) Bunkamuraオーチャードホール]
曲目は、チェコのお国物プログラム。
スメタナ:「売られた花嫁」序曲
スーク:組曲「おとぎ話」
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界から」
ラドミル・エリシュカはここ数年、
日本での評価と人気が急激に高まっているマエストロ。
実は小生も、札幌や大阪まで足を運んで、老マエストロのドヴォルザークやヤナーチェクに感動してきた手合いの一人・・・。
今回も新年の幕開けに真っ先に選んだのが、この演奏会というわけ。
エリシュカの指揮ぶりを今回あらためてじっくり観察したが、
その「拍」の正確さにびっくり。
建物でいえば「土台がしっかりしている」
絵画でいえば「デッサン力があり、構図がしっかりしている」
・・・とでもいうのだろうか。
とにかく、拍の取り方が明確で、変なブレがない。
よく音楽を指揮してるんだか、音楽に指揮されてるんだかわからない指揮者がいるが、
マエストロ・エリシュカはそんなことはない。
今が何拍目かはっきりわかるのである。
その上で、テンポの変わり目や緩急の指示を明確に出す。
だから、音楽が緩むことなく、作曲家が意図した響きと推進力でドラマが進行していくのだ。
80歳を超えて(1931年生まれというから、今年で81歳)、
この矍鑠ぶりに感服!
そして、その堅牢な音楽からは、チェコの風景や人々の暮らしぶりなど、
「民族性」が心地よい温もりをもって聴く者の心に響いてくる。
2曲目のスーク作曲「おとぎ話」など、
4楽章形式の交響曲風な構成の中で、
ボヘミアの森や草原、古城などが目に浮かぶような名演だった。
そして、メインの「新世界交響曲」は、
この超名曲の、まさにお手本となるような指揮ぶり。
そして、ドヴォルザークへの限りない愛情と共感、
チェコ音楽を演奏する誇り、のようなものが感じられた。
大喝采のBravo!と拍手に応えて、
ドヴォルザークのスラヴ舞曲から第10番「マズルカ」が
お年玉としてプレゼント。
2012年の幕開けを祝うにふさわしい、
幸福感に満ちた素晴らしい演奏会だった!
Bravissimo!!
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