■アルミンク指揮、新日フィル第494回定期演奏会
[2012年5月18日(金) すみだトリフォニーホール]
最近、マーラーに関する2冊の本に出会った。
1冊は、
「マーラー 輝かしい日々と断ち切られた未来」
(前島良雄:著、アルファベータ)
もう1冊は、
「指揮者マーラー」
(中川右介:著、河出書房新社)
どちらも、「指揮者」としてのマーラーの活動と業績を書簡や史実から検証し、
精力的に活動し、着実にキャリアアップしていった、
当時の人気指揮者・マーラー像を浮き彫りにした著作だ。
そのマーラーが、キャリアのスタートラインともいえる
二十歳前後に作曲したのが「嘆きの歌」。
この滅多に聴く機会のない曲が、
アルミンク指揮する新日フィルの定期で演奏されるというので、
聴きに出かけた次第。
こういう曲は、やはり生の演奏会で体験しないと
面白さが伝わってこない。
合唱あり、独唱あり、ボーイ・ソプラノとボーイ・アルトあり、
バンダあり・・・と、趣向も盛りだくさん。
マーラーが思い描いた音響世界の「原点」ここにあり、
といった曲だ。
やはりマーラーという「作曲家」は、
「指揮者」としての現場感覚から曲を生み出していった人なんだな、
と改めて実感。
プログラムは1曲目に、
ドヴォルジャークの交響詩「金の紡ぎ車」。
これも珍しい曲だ。
どちらも「おとぎ話~メルヘン」をもとにした曲というわけだ。
こういうプログラム構成にチャレンジしたオケと指揮者に拍手!
2012年5月18日金曜日
2012年5月17日木曜日
ナタリー・デセイ「渾身の」ヴィオレッタ
■METライブビューイング
ヴェルディ「ラ・トラヴィアータ」
[2012年5月17日(木) 新宿ピカデリー]
2011-2012シーズンのMETライブビューイング、
その最終上映は「ラ・トラヴィアータ」。
2年前NYで、かのゼッフィレッリによる
豪華で時代の空気忠実に描いた名演出版の
最後のステージに感銘をうけたが、
今回は、ヴィリー・デッカーによる
モダンなデザインの演出。
半円形一杯飾りのシンプルな装置、
大きな丸い時計が飾られ、
針が時を進めていく。
白い壁、
男も女も黒い衣装、
その中でヴィオレッタだけが深紅のワンピース。
配色もシンプルだが、
その分、ドラマと演出意図が伝わりやすい舞台だ。
その舞台装置の中に「常に」いるのは、
本来はチョイ役の医師グランヴィル。
ヴィオレッタの病状を常に診てきた彼の目線を通じて、
ドラマが展開していくという演出だ。
観ていて「なぁるほど」と感じたのは、
3幕への前奏曲のシーン。
その前の仮面舞踏会の大騒ぎに参集していた客たちが
ストップモーションになり、
グランヴィルが部屋の外へと押し戻していく。
この場面の光景が演出家の脳裏にまずアイディアとして浮かんで、
今回の演出コンセプトや細部が練り上げられていったのではないか、
と思わせるほど、オペラ全体の「核」ともいえる印象的な場面だった。
ラストのヴィオレッタの死も、
居合わせたアルフレードやジョルジョ・ジェルモンらが
「現在進行形」として彼女の死に接するのではなく、
それぞれの立場や想いで悲しみにくれている前で、
ヴィオレッタが息絶える。
核と芯がしっかりと定まったオペラ演出で、
納得のプロダクション!
主役のヴィオレッタは、
ナタリー・デセイ。
これが気の毒になるくらい絶不調。
劇中につく咳なんか、
演技なんだか本当のものなんだか・・・。
声に張りと艶はないし、高音もつらそう・・・。
しかし、ヴィオレッタという役、
結核を患い、死が刻々と迫っている女性なのだ。
プリマドンナには気の毒だが、
このくらい絶不調な方が、
かえって迫真の舞台表現になって感動的。
第3幕のヴィオレッタのアリアなど、
ヴィオレッタなんだかナタリー・デセイなんだかわからないくらい
切々とした歌唱で、涙腺を刺激されてしまった。
ヴェルディ「ラ・トラヴィアータ」
[2012年5月17日(木) 新宿ピカデリー]
2011-2012シーズンのMETライブビューイング、
その最終上映は「ラ・トラヴィアータ」。
2年前NYで、かのゼッフィレッリによる
豪華で時代の空気忠実に描いた名演出版の
最後のステージに感銘をうけたが、
今回は、ヴィリー・デッカーによる
モダンなデザインの演出。
半円形一杯飾りのシンプルな装置、
大きな丸い時計が飾られ、
針が時を進めていく。
白い壁、
男も女も黒い衣装、
その中でヴィオレッタだけが深紅のワンピース。
配色もシンプルだが、
その分、ドラマと演出意図が伝わりやすい舞台だ。
その舞台装置の中に「常に」いるのは、
本来はチョイ役の医師グランヴィル。
ヴィオレッタの病状を常に診てきた彼の目線を通じて、
ドラマが展開していくという演出だ。
観ていて「なぁるほど」と感じたのは、
3幕への前奏曲のシーン。
その前の仮面舞踏会の大騒ぎに参集していた客たちが
ストップモーションになり、
グランヴィルが部屋の外へと押し戻していく。
この場面の光景が演出家の脳裏にまずアイディアとして浮かんで、
今回の演出コンセプトや細部が練り上げられていったのではないか、
と思わせるほど、オペラ全体の「核」ともいえる印象的な場面だった。
ラストのヴィオレッタの死も、
居合わせたアルフレードやジョルジョ・ジェルモンらが
「現在進行形」として彼女の死に接するのではなく、
それぞれの立場や想いで悲しみにくれている前で、
ヴィオレッタが息絶える。
核と芯がしっかりと定まったオペラ演出で、
納得のプロダクション!
主役のヴィオレッタは、
ナタリー・デセイ。
これが気の毒になるくらい絶不調。
劇中につく咳なんか、
演技なんだか本当のものなんだか・・・。
声に張りと艶はないし、高音もつらそう・・・。
しかし、ヴィオレッタという役、
結核を患い、死が刻々と迫っている女性なのだ。
プリマドンナには気の毒だが、
このくらい絶不調な方が、
かえって迫真の舞台表現になって感動的。
第3幕のヴィオレッタのアリアなど、
ヴィオレッタなんだかナタリー・デセイなんだかわからないくらい
切々とした歌唱で、涙腺を刺激されてしまった。
2012年5月7日月曜日
40年なんて、まだまだ若い!
■新日本フィル創立40周年記念特別演奏会
[2012年5月7日(月) すみだトリフォニーホール]
新日本フィルが「誕生」した40年前は、
ちょうどオーケストラの演奏会に通い出した頃。
音楽業の右も左もわからず、
ただ「生」で聴くオーケストラの響きに
ワクワクドキドキしていただけの中学生が目の当たりにしたのは、
「民間放送局の支援打ち切り」とか
「オーケストラの分裂」とか
「組合系と非組合系」とか
けっこう社会的で生々しい話題だったなぁ・・・。
オーケストラの経歴で40年なんてのはまだまだ若い。
そしてこの40周年を記念する演奏会も、
そんな「若さ」が漲っていた。
この場合の「若さ」とは、「未熟」とか「完成度の低さ」ではない。
「活力」とか「張り」みたいなもの。
プログラムは、
R.シュトラウス:組曲「町人貴族」
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ワーグナーを軸として、
音楽的にも時代的にも影響しあった3人の作曲家の作品を組み合わせた
渋くて面白いプログラムだ。
指揮は、「若い」ダニエル・ハーディング。
メッツォ・ソプラノは藤村実穂子。
1曲目の「町人貴族」。
小編成のアンサンブルにピアノ(三輪郁)が加わったオケから、
なんとも張りと艶のある響きがして、びっくり。
2曲目の「ヴェーゼンドンク歌曲集」は、
オケの重厚な響きにのって歌い出された
藤村実穂子さんの張りのある声にびっくり。
3階席後方で聴いていたこちらの「耳」と「心」に
しっかりと音楽として伝わってくる演奏・歌唱で、
まさに感動的な名演。
Brava!
3曲目のマーラー「巨人」も、
透明感と勢いのある音作りで、
あぁマーラーはこんな響きを思い描いてこの曲を作ったんだな、
などと想像したくなるような快演。
ピアニッシモ部分の緻密な響きが印象的でした。
Bravi!
これからも新日本フィルの若さ漲る演奏活動を見守っていきたい。
[2012年5月7日(月) すみだトリフォニーホール]
新日本フィルが「誕生」した40年前は、
ちょうどオーケストラの演奏会に通い出した頃。
音楽業の右も左もわからず、
ただ「生」で聴くオーケストラの響きに
ワクワクドキドキしていただけの中学生が目の当たりにしたのは、
「民間放送局の支援打ち切り」とか
「オーケストラの分裂」とか
「組合系と非組合系」とか
けっこう社会的で生々しい話題だったなぁ・・・。
オーケストラの経歴で40年なんてのはまだまだ若い。
そしてこの40周年を記念する演奏会も、
そんな「若さ」が漲っていた。
この場合の「若さ」とは、「未熟」とか「完成度の低さ」ではない。
「活力」とか「張り」みたいなもの。
プログラムは、
R.シュトラウス:組曲「町人貴族」
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ワーグナーを軸として、
音楽的にも時代的にも影響しあった3人の作曲家の作品を組み合わせた
渋くて面白いプログラムだ。
指揮は、「若い」ダニエル・ハーディング。
メッツォ・ソプラノは藤村実穂子。
1曲目の「町人貴族」。
小編成のアンサンブルにピアノ(三輪郁)が加わったオケから、
なんとも張りと艶のある響きがして、びっくり。
2曲目の「ヴェーゼンドンク歌曲集」は、
オケの重厚な響きにのって歌い出された
藤村実穂子さんの張りのある声にびっくり。
3階席後方で聴いていたこちらの「耳」と「心」に
しっかりと音楽として伝わってくる演奏・歌唱で、
まさに感動的な名演。
Brava!
3曲目のマーラー「巨人」も、
透明感と勢いのある音作りで、
あぁマーラーはこんな響きを思い描いてこの曲を作ったんだな、
などと想像したくなるような快演。
ピアニッシモ部分の緻密な響きが印象的でした。
Bravi!
これからも新日本フィルの若さ漲る演奏活動を見守っていきたい。
2012年4月25日水曜日
ノリントン・マジックを楽しむ
■ロジャー・ノリントン指揮、N響第1726回定期公演
[2012年4月25日(水) サントリーホール]
ノリントンが指揮するコンサートは、
視覚的にも楽しい。
「どうです?ほら、面白いでしょ?」というような、
マエストロの表情もそうだが、
今回は、楽器や指揮者の位置にも工夫が感じられ、
なかなかスペクタクルな演奏会だった。
曲目は、
ベートーヴェン:序曲「コリオラン」
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
(独奏は河村尚子)
ブラームス:交響曲第2番
客席に入って舞台を見ると、
ピアノがすでにセッティングされている。
しかも、通常の横位置ではなく、
鍵盤が客席側・・・つまり独奏者はオケと向かい合い、客席に背を向ける形。
いつもだと、序曲の後、ステマネ軍団がガサゴソとセッティング替えをするが、
時間的な流れが削がれてしまい、あまり好きではない。
1曲目が5分とか10分程度の曲なら、
コンチェルトの楽器はあらかじめセッティングしておいてくれた方がいい。
さてさて・・・
このセッティングの中、まず1曲目の「コリオラン」。
ローマ神話の英雄を描いた音楽にふさわしく、
強烈で決然とした打撃的な和音で、ノリントン・マジックのはじまり。
2曲目のコンチェルトでは、
指揮者はピアノの末端の方で、
オケのど真ん中みたいな位置で指揮。
なかなか新鮮な光景だ。
ピアノの河村尚子も、
ノリントンが紡ぎだす「ピュア・トーン」のオケと有機的に反応。
冒頭の和音をアルペジオで始めるなど、即興性も出しながら、
新鮮なベートーヴェンでした。
後半のブラームスは、
堂々の18型。しかも、倍管の大編成。
芳醇なロマン的響きというよりも、透明でしっかりとした響きのブラームス。
各声部の響きの層がくっきりと聴こえ、
素晴らしい演奏でBravo!
マエストロ・ノリントンも楽章間で楽員たちに指揮棒で小さく「拍手」を送るなど、
満足そうでした。
[2012年4月25日(水) サントリーホール]
ノリントンが指揮するコンサートは、
視覚的にも楽しい。
「どうです?ほら、面白いでしょ?」というような、
マエストロの表情もそうだが、
今回は、楽器や指揮者の位置にも工夫が感じられ、
なかなかスペクタクルな演奏会だった。
曲目は、
ベートーヴェン:序曲「コリオラン」
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
(独奏は河村尚子)
ブラームス:交響曲第2番
客席に入って舞台を見ると、
ピアノがすでにセッティングされている。
しかも、通常の横位置ではなく、
鍵盤が客席側・・・つまり独奏者はオケと向かい合い、客席に背を向ける形。
いつもだと、序曲の後、ステマネ軍団がガサゴソとセッティング替えをするが、
時間的な流れが削がれてしまい、あまり好きではない。
1曲目が5分とか10分程度の曲なら、
コンチェルトの楽器はあらかじめセッティングしておいてくれた方がいい。
さてさて・・・
このセッティングの中、まず1曲目の「コリオラン」。
ローマ神話の英雄を描いた音楽にふさわしく、
強烈で決然とした打撃的な和音で、ノリントン・マジックのはじまり。
2曲目のコンチェルトでは、
指揮者はピアノの末端の方で、
オケのど真ん中みたいな位置で指揮。
なかなか新鮮な光景だ。
ピアノの河村尚子も、
ノリントンが紡ぎだす「ピュア・トーン」のオケと有機的に反応。
冒頭の和音をアルペジオで始めるなど、即興性も出しながら、
新鮮なベートーヴェンでした。
後半のブラームスは、
堂々の18型。しかも、倍管の大編成。
芳醇なロマン的響きというよりも、透明でしっかりとした響きのブラームス。
各声部の響きの層がくっきりと聴こえ、
素晴らしい演奏でBravo!
マエストロ・ノリントンも楽章間で楽員たちに指揮棒で小さく「拍手」を送るなど、
満足そうでした。
2012年4月21日土曜日
再びカンブルラン
■シルヴァン・カンブルラン指揮、読売日響[2012年4月21日(土) サントリーホール]
常任指揮者カンブルランによる読響4月公演。
元気をもらいに、二つ目プログラムも聴きに出かけた。
前回が「バレエ・リュス」に因んだプログラムだったが、
今回のコンセプトは何だったのかな・・・・?
メシアン:ほほえみ
イベール:3つの小品
イベール:アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲
フランク:交響曲
フランクを聴き終わって思ったことは、
「心の中の響」がコンセプトだったのかな・・・と。
メシアンとフランクは、
二人とも教会のオルガニストだったという共通点がある。
フランクの交響曲など、
ブルックナーを連想させるような「教会的」響きが感じられ、
ああ、彼の心の中には教会の響きが常にあったんだなと、
あらためて思った。
一方のメシアンの「心の中の響き」は、
これはもう、「鳥」とか「自然」とか・・・。
そして内省的な「神」「信仰」とか・・・。
今回の「ほほえみ」という曲は、
モーツァルト没後200年を記念して作曲され、
メシアンが「モーツァルトの生涯と作品には
“ほほえみ”があった」として作曲したというが、
だからといって、彼のほほえみは、
聴く人を快活にする微笑みではない。
一人、自然の中に身を置き、
鳥や風の音を感じて微笑む・・・
そんな曲に聴こえた。
イベールの2曲は、
管楽器による色彩豊かな響き。
「3つの小品」は、指揮者なしで
フルート、オーボエ、クラリネット、
ファゴット、ホルンによる五重奏。
オケの演奏会で、こういう曲を聴くのもいいもんだ。
「アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲」も
実演で聴く機会が滅多にない曲。
須川展也のソロで、心うきうきと楽しめた。
マエストロ・カンブルランは、
今日も元気溌剌!
読響も、張りのある響きで充実の演奏。
次回の来演を楽しみにしておりまする!
常任指揮者カンブルランによる読響4月公演。
元気をもらいに、二つ目プログラムも聴きに出かけた。
前回が「バレエ・リュス」に因んだプログラムだったが、
今回のコンセプトは何だったのかな・・・・?
メシアン:ほほえみ
イベール:3つの小品
イベール:アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲
フランク:交響曲
フランクを聴き終わって思ったことは、
「心の中の響」がコンセプトだったのかな・・・と。
メシアンとフランクは、
二人とも教会のオルガニストだったという共通点がある。
フランクの交響曲など、
ブルックナーを連想させるような「教会的」響きが感じられ、
ああ、彼の心の中には教会の響きが常にあったんだなと、
あらためて思った。
一方のメシアンの「心の中の響き」は、
これはもう、「鳥」とか「自然」とか・・・。
そして内省的な「神」「信仰」とか・・・。
今回の「ほほえみ」という曲は、
モーツァルト没後200年を記念して作曲され、
メシアンが「モーツァルトの生涯と作品には
“ほほえみ”があった」として作曲したというが、
だからといって、彼のほほえみは、
聴く人を快活にする微笑みではない。
一人、自然の中に身を置き、
鳥や風の音を感じて微笑む・・・
そんな曲に聴こえた。
イベールの2曲は、
管楽器による色彩豊かな響き。
「3つの小品」は、指揮者なしで
フルート、オーボエ、クラリネット、
ファゴット、ホルンによる五重奏。
オケの演奏会で、こういう曲を聴くのもいいもんだ。
「アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲」も
実演で聴く機会が滅多にない曲。
須川展也のソロで、心うきうきと楽しめた。
マエストロ・カンブルランは、
今日も元気溌剌!
読響も、張りのある響きで充実の演奏。
次回の来演を楽しみにしておりまする!
2012年4月16日月曜日
カンブルラン指揮「バレエ・リュス」プログラム
■シルヴァン・カンブルラン指揮、読売日響第514回定期演奏会
[2012年4月16日(月) サントリーホール]
ディアギレフ率いるバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)に因んだ、
粋なプログラム。
元気ハツラツ、カンブルランの指揮。
そして何より、音の「ベクトル」がはっきりとした読響の艶とコシのある響き。
それらで、音楽を大いに楽しみ、
音楽で元気をもらった演奏会・・・。
プログラムは、
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ドビュッシー:バレエ音楽「おもちゃ箱」
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)
ね、面白そうでしょ!
実際のバレエの舞台を観るよりも、
(滅多に観る機会はないが・・・)
情景が目に浮かぶような音楽。
読響の音も、
「何を表したいか」という至極当たり前なことが
音楽となって客席に伝わっていく。
オーケストラとしての音の「ベクトル」が
しっかりしているのだ。
だから、面白いプログラムが、
面白い「舞台芸術」となって、
客の心に作用する。
「ペトルーシュカ」の謝肉祭の場面なんか、
色とりどりの「音」が重なり合って、
サンクト・ペテルブルクの広場が目に浮かぶようで、
(行ったことはないが・・・)
思わず身を乗り出してしまった。
いやはや楽しい演奏会でした。Bravo!
[2012年4月16日(月) サントリーホール]
ディアギレフ率いるバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)に因んだ、
粋なプログラム。
元気ハツラツ、カンブルランの指揮。
そして何より、音の「ベクトル」がはっきりとした読響の艶とコシのある響き。
それらで、音楽を大いに楽しみ、
音楽で元気をもらった演奏会・・・。
プログラムは、
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ドビュッシー:バレエ音楽「おもちゃ箱」
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)
ね、面白そうでしょ!
実際のバレエの舞台を観るよりも、
(滅多に観る機会はないが・・・)
情景が目に浮かぶような音楽。
読響の音も、
「何を表したいか」という至極当たり前なことが
音楽となって客席に伝わっていく。
オーケストラとしての音の「ベクトル」が
しっかりしているのだ。
だから、面白いプログラムが、
面白い「舞台芸術」となって、
客の心に作用する。
「ペトルーシュカ」の謝肉祭の場面なんか、
色とりどりの「音」が重なり合って、
サンクト・ペテルブルクの広場が目に浮かぶようで、
(行ったことはないが・・・)
思わず身を乗り出してしまった。
いやはや楽しい演奏会でした。Bravo!
2012年4月12日木曜日
インバル&都響の名演!
年度末&年度始めでなにかと忙しく、コンサートにもなかなか行けず、
禁断症状が・・・・。
そこで、思い立って急きょサントリーホールへ。
■エリアフ・インバル指揮、都響定期演奏会
[2012年4月12日(木) サントリーホール]
プログラムは、
モーツァルト:ピアノ協奏曲第8番「リュッツォウ」
(ソリストは児玉桃)
ブルックナー:交響曲第7番
久しぶりに聴く都響。
モーツァルトの冒頭の弦の音にびっくり!
繊細で、しかも温かみのある音。
一気に馥郁たる音楽の世界に没入することができた。
そしてこのオケの音に、
児玉桃の奏でるピアノが重なっていく。
ピアノが上手なリュッツォウ伯爵夫人のために書かれたという、
ハ長調の「素直」な曲が、
何とも素敵な音楽として紡ぎだされていく。
超絶技巧で複雑な構成の難曲もいいが、
こうした単純な曲で人の心を揺さぶるのって、
結構難しい「技」。
いやはや楽しませていただきました。
マエストロとソリストとオケのみんなにBravi!
そして後半は、ブルックナーの7番!
これはもう、マエストロ・インバル渾身のパフォーマンス。
密度が濃く有機的に紡ぎ出されたオケの音で、
音楽の大きなうねりを形作っていく。
マエストロの大きな体で表現される音楽に、
オケも聴衆も安心して心を委ねて、
ホール空間の中で音楽そのものを共有できました。
自分も含め、感動した聴衆の拍手に応えて、
マエストロのソロ・カーテンコール1回。
Bravo!
それにしても、マエストロ・インバルは、
3月から来日していて、今回の演奏会も数ステージ目。
じっくりと腰を据えてのオケとの音楽作りを目指しているようだ。
短期単発の客演が多い日本のオケの指揮者事情からすると、
これは極めて珍しいケース。
このようなスケジューリングを実現させている都響の姿勢にもBravo!
ますますインバル&都響から目が(耳が?)離せない。
禁断症状が・・・・。
そこで、思い立って急きょサントリーホールへ。
■エリアフ・インバル指揮、都響定期演奏会
[2012年4月12日(木) サントリーホール]
プログラムは、
モーツァルト:ピアノ協奏曲第8番「リュッツォウ」
(ソリストは児玉桃)
ブルックナー:交響曲第7番
久しぶりに聴く都響。
モーツァルトの冒頭の弦の音にびっくり!
繊細で、しかも温かみのある音。
一気に馥郁たる音楽の世界に没入することができた。
そしてこのオケの音に、
児玉桃の奏でるピアノが重なっていく。
ピアノが上手なリュッツォウ伯爵夫人のために書かれたという、
ハ長調の「素直」な曲が、
何とも素敵な音楽として紡ぎだされていく。
超絶技巧で複雑な構成の難曲もいいが、
こうした単純な曲で人の心を揺さぶるのって、
結構難しい「技」。
いやはや楽しませていただきました。
マエストロとソリストとオケのみんなにBravi!
そして後半は、ブルックナーの7番!
これはもう、マエストロ・インバル渾身のパフォーマンス。
密度が濃く有機的に紡ぎ出されたオケの音で、
音楽の大きなうねりを形作っていく。
マエストロの大きな体で表現される音楽に、
オケも聴衆も安心して心を委ねて、
ホール空間の中で音楽そのものを共有できました。
自分も含め、感動した聴衆の拍手に応えて、
マエストロのソロ・カーテンコール1回。
Bravo!
それにしても、マエストロ・インバルは、
3月から来日していて、今回の演奏会も数ステージ目。
じっくりと腰を据えてのオケとの音楽作りを目指しているようだ。
短期単発の客演が多い日本のオケの指揮者事情からすると、
これは極めて珍しいケース。
このようなスケジューリングを実現させている都響の姿勢にもBravo!
ますますインバル&都響から目が(耳が?)離せない。
2012年3月24日土曜日
音楽大学フェスティバル・オーケストラ
首都圏の八つの音楽大学の選抜メンバーによる合同オーケストラ、「音楽大学フェスティバル・オーケストラ」の演奏会が、ついに実現した。
八つの音大とは、
国立音楽大学、昭和音楽大学、洗足学園音楽大学、東京音楽大学、東京藝術大学、東邦音楽大学、桐朋学園大学、武蔵野音楽大学(50音順)
昨年、ユベール・スダーンの指揮で開催する予定にしていたのだが、大震災の影響で残念ながら中止。今回、外山雄三先生の指揮で、念願かなって実現の運びとなった。
■音楽大学フェスティバル・オーケストラ
[2012年3月24日(土) 東京文化会館]
プログラムは、
武満徹:弦楽のためのレクイエム
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
R.シュトラウス:アルプス交響曲
シンフォニエッタもアルプス交響曲も大編成。
吹奏楽の隆盛で、管楽器の学生が大勢いる「音大事情」ならではの選曲。
弦楽器も、18型でボリューム感たっぷり。
外山マエストロの厳しい指導のおかげで、どの曲もなかなかの力演。
会場のお客様の胸を借りて、堂々の演奏会になった。
アンコールは、
外山雄三作曲「管弦楽のためのラプソディ」。
将来、日本のオーケストラに「就職」したら、音楽鑑賞教室や名曲コンサートで何度も演奏することになる「日本の名曲」。これを作曲者自身のタクトで演奏できたということは、音大生たちにとっても貴重な体験になったはず。
日本の音楽界にとっても、意義のある企画の幕開けとなった一日だった。
八つの音大とは、
国立音楽大学、昭和音楽大学、洗足学園音楽大学、東京音楽大学、東京藝術大学、東邦音楽大学、桐朋学園大学、武蔵野音楽大学(50音順)
昨年、ユベール・スダーンの指揮で開催する予定にしていたのだが、大震災の影響で残念ながら中止。今回、外山雄三先生の指揮で、念願かなって実現の運びとなった。
■音楽大学フェスティバル・オーケストラ
[2012年3月24日(土) 東京文化会館]
プログラムは、
武満徹:弦楽のためのレクイエム
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
R.シュトラウス:アルプス交響曲
シンフォニエッタもアルプス交響曲も大編成。
吹奏楽の隆盛で、管楽器の学生が大勢いる「音大事情」ならではの選曲。
弦楽器も、18型でボリューム感たっぷり。
外山マエストロの厳しい指導のおかげで、どの曲もなかなかの力演。
会場のお客様の胸を借りて、堂々の演奏会になった。
アンコールは、
外山雄三作曲「管弦楽のためのラプソディ」。
将来、日本のオーケストラに「就職」したら、音楽鑑賞教室や名曲コンサートで何度も演奏することになる「日本の名曲」。これを作曲者自身のタクトで演奏できたということは、音大生たちにとっても貴重な体験になったはず。
日本の音楽界にとっても、意義のある企画の幕開けとなった一日だった。
2012年3月15日木曜日
ダウスゴー指揮する北欧プロ
■トーマス・ダウスゴー指揮、新日本フィル
[2012年3月15日(木) サントリーホール]
デンマーク人のマエストロ、トーマス・ダウスゴーが
新日フィルに初客演するというので参上。
曲は、
チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
シベリウス:交響曲第7番
ニールセン:交響曲第4番「不滅」
という「北欧」プロ。
いやはや、ダウスゴーという指揮者、
タダモノではない。
エネルギッシュでパワフル。
そして音楽に満ち満ちている。
指揮者の表情が良くみえる席から
じっくり「見物」させてもらったが、
あんな風にエスプレッシーヴォに指揮されたら、
オーケストラは「安心」して音が出せるんじゃないかな。
おかげで、新日フィルも張りと艶のある、自信に満ちた「音」で、
ダウスゴーと一体化。
はっきり言って「名演」でした。
Bravo!
新しいマエストロにまた一人めぐりあえた悦びを胸に、
ホールを後に。
再来演して、
いろいろなプログラムを披露してほしい指揮者だ。
[2012年3月15日(木) サントリーホール]
デンマーク人のマエストロ、トーマス・ダウスゴーが
新日フィルに初客演するというので参上。
曲は、
チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
シベリウス:交響曲第7番
ニールセン:交響曲第4番「不滅」
という「北欧」プロ。
いやはや、ダウスゴーという指揮者、
タダモノではない。
エネルギッシュでパワフル。
そして音楽に満ち満ちている。
指揮者の表情が良くみえる席から
じっくり「見物」させてもらったが、
あんな風にエスプレッシーヴォに指揮されたら、
オーケストラは「安心」して音が出せるんじゃないかな。
おかげで、新日フィルも張りと艶のある、自信に満ちた「音」で、
ダウスゴーと一体化。
はっきり言って「名演」でした。
Bravo!
新しいマエストロにまた一人めぐりあえた悦びを胸に、
ホールを後に。
再来演して、
いろいろなプログラムを披露してほしい指揮者だ。
2012年3月13日火曜日
怒涛の第3楽章!
この日のクライマックスは、
ベートーヴェンの交響曲第5番の第3楽章。
チェロ&バスからヴィオラへ引き継がれる、
速いパッセージのところ。
ずしりと重く、引き締まった低音の塊で、
聴いているこちらの心がノックアウトされた。
■スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮、読売日響
[2012年3月13日(火) サントリーホール]
元気な我らが爺さん、
スクロヴァチェフスキ指揮のベートーヴェン・プロ。
序曲「レオノーレ」第3番と、
交響曲の4番と5番という王道名曲プログラム。
どの曲も男性的で硬質、
筋肉質な演奏で、
これぞ「男のベートーヴェン!」といった感じ。
レオノーレ第3番や交響曲第4番は、
一見さりげなくやっているようにも聴こえるが、
響きのバランスと音楽の流れが絶妙。
そして、5番の第3楽章の低弦の火の出るような演奏のあとは、
怒涛のフィナーレへなだれ込み、
音楽の感動の坩堝へ。
2週連続で、
感動と元気をもらいました。
ベートーヴェンの交響曲第5番の第3楽章。
チェロ&バスからヴィオラへ引き継がれる、
速いパッセージのところ。
ずしりと重く、引き締まった低音の塊で、
聴いているこちらの心がノックアウトされた。
■スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮、読売日響
[2012年3月13日(火) サントリーホール]
元気な我らが爺さん、
スクロヴァチェフスキ指揮のベートーヴェン・プロ。
序曲「レオノーレ」第3番と、
交響曲の4番と5番という王道名曲プログラム。
どの曲も男性的で硬質、
筋肉質な演奏で、
これぞ「男のベートーヴェン!」といった感じ。
レオノーレ第3番や交響曲第4番は、
一見さりげなくやっているようにも聴こえるが、
響きのバランスと音楽の流れが絶妙。
そして、5番の第3楽章の低弦の火の出るような演奏のあとは、
怒涛のフィナーレへなだれ込み、
音楽の感動の坩堝へ。
2週連続で、
感動と元気をもらいました。
2012年3月9日金曜日
浮気が巻き起こす悲劇喜劇
■新国立劇場オペラ研修所公演
「フィレンツェの悲劇」&「スペインの時」
[2012年3月9日(金) 新国立劇場・中劇場]
ツェムリンスキーの世紀末耽美的な「フィレンツェの悲劇」と、
ラヴェルの小粋な小品「スペインの時」という、
妻の「浮気」が巻き起こす恋愛悲劇&喜劇を描いた、
珍しいオペラの2本立て。
研修所公演の演目に、なんでこの作品?
と思ったが、プログラムに載っていた
オペラ研修所長・木村俊光先生のメッセージで納得。
修了生の男女の人数という数量的な理由のほかに、
ポピュラーな演目と違い、CD聴いても勉強できず、
譜読みから取り組まなければいけない作品を選んだ、
とのこと。
要は、安直に勉強せずに、
作品そのものに真剣に取り組め、ということ。
その厳しい課題を前にして、
出演者の面々も、なかなかの敢闘賞ものでした。
ただ、舞台表現は少々「折り目正し」すぎたかな。
研修生公演だから仕方ないのかもしれないが、
もう少し自由で柔軟な動きや造形があってもよかったんじゃないかな。
ま、それは今後のことか・・・。
演出は、三浦安浩氏。
フィレンツェとスペインの、恋愛「悲劇」と「喜劇」を、
ヨーロッパの「どこか」、古の都の出来事として造形。
そのために、両作品の前に「プロローグ」を創作していたが、
これが少しばかり長かった。
もう少しコンパクトかつテンポ良く作ってくれれば、
すんなりとオペラ「本編」に入っていけたのに・・・。
情報量が多いわりには、よく解らないものになってしまっていたのが残念!
オケは、飯守泰次郎指揮の東京シティ・フィル。
飯守マエストロの手堅いサポートで安心感はあったが、
オケの音が、
ツェムリンスキーではもっと濃厚に、
ラヴェルではもっと洒脱に響いてくれたら良かったのに・・・。
それはそれとして、
新国立劇場ならではの、
貴重なオペラ・プロダクションでした。
「フィレンツェの悲劇」&「スペインの時」
[2012年3月9日(金) 新国立劇場・中劇場]
ツェムリンスキーの世紀末耽美的な「フィレンツェの悲劇」と、
ラヴェルの小粋な小品「スペインの時」という、
妻の「浮気」が巻き起こす恋愛悲劇&喜劇を描いた、
珍しいオペラの2本立て。
研修所公演の演目に、なんでこの作品?
と思ったが、プログラムに載っていた
オペラ研修所長・木村俊光先生のメッセージで納得。
修了生の男女の人数という数量的な理由のほかに、
ポピュラーな演目と違い、CD聴いても勉強できず、
譜読みから取り組まなければいけない作品を選んだ、
とのこと。
要は、安直に勉強せずに、
作品そのものに真剣に取り組め、ということ。
その厳しい課題を前にして、
出演者の面々も、なかなかの敢闘賞ものでした。
ただ、舞台表現は少々「折り目正し」すぎたかな。
研修生公演だから仕方ないのかもしれないが、
もう少し自由で柔軟な動きや造形があってもよかったんじゃないかな。
ま、それは今後のことか・・・。
演出は、三浦安浩氏。
フィレンツェとスペインの、恋愛「悲劇」と「喜劇」を、
ヨーロッパの「どこか」、古の都の出来事として造形。
そのために、両作品の前に「プロローグ」を創作していたが、
これが少しばかり長かった。
もう少しコンパクトかつテンポ良く作ってくれれば、
すんなりとオペラ「本編」に入っていけたのに・・・。
情報量が多いわりには、よく解らないものになってしまっていたのが残念!
オケは、飯守泰次郎指揮の東京シティ・フィル。
飯守マエストロの手堅いサポートで安心感はあったが、
オケの音が、
ツェムリンスキーではもっと濃厚に、
ラヴェルではもっと洒脱に響いてくれたら良かったのに・・・。
それはそれとして、
新国立劇場ならではの、
貴重なオペラ・プロダクションでした。
2012年3月7日水曜日
矍鑠たるスクロヴァチェフスキ
■スクロヴァチェフスキ指揮、読売日響 第513回定期演奏会
[2012年3月7日(水) サントリーホール]
御歳88歳のミスターSが、
ショスタコーヴィチとブルックナーを振る。
こりゃあもう、行くしかないでしょう!
曲は、
ショスタコーヴィッチ:交響曲第1番
ブルックナー:交響曲第3番
いやはや、「矍鑠」とはまさにこのこと。
老いから連想される「弛緩」など微塵もなく、
引き締まったテンポとがっしりした造形美で、
音楽を作り上げていく。
「交響楽」の偉大さを堪能した一夜でした。
読響も「男らしい」響きでBravo!
楽員が引き揚げても、
盛大な拍手とスタンディング・オーベーション。
マエストロのソロ・カーテンコール1回で、お客も満足満足。
それにしても、
「指揮者が棒を振りおろしてから拍手をお願いします」
とか何とか、まるで
「横断歩道は手を挙げて渡りましょう」
みたいな「懇切丁寧な」アナウンスにも拘わらず、
余韻を無視してフライング拍手する輩には困ったものです。
どうにかならんのかねぇ。
いっそのこと、
開演前に「拍手のマナー教室」でもやったらどう?
[2012年3月7日(水) サントリーホール]
御歳88歳のミスターSが、
ショスタコーヴィチとブルックナーを振る。
こりゃあもう、行くしかないでしょう!
曲は、
ショスタコーヴィッチ:交響曲第1番
ブルックナー:交響曲第3番
いやはや、「矍鑠」とはまさにこのこと。
老いから連想される「弛緩」など微塵もなく、
引き締まったテンポとがっしりした造形美で、
音楽を作り上げていく。
「交響楽」の偉大さを堪能した一夜でした。
読響も「男らしい」響きでBravo!
楽員が引き揚げても、
盛大な拍手とスタンディング・オーベーション。
マエストロのソロ・カーテンコール1回で、お客も満足満足。
それにしても、
「指揮者が棒を振りおろしてから拍手をお願いします」
とか何とか、まるで
「横断歩道は手を挙げて渡りましょう」
みたいな「懇切丁寧な」アナウンスにも拘わらず、
余韻を無視してフライング拍手する輩には困ったものです。
どうにかならんのかねぇ。
いっそのこと、
開演前に「拍手のマナー教室」でもやったらどう?
2012年3月3日土曜日
METの指輪完結~「神々の黄昏」
■METライブビューイング「神々の黄昏」
[2012年3月3日(土) 新宿ピカデリー]
ロベール・ルパージュ演出による、
MET「指輪」シリーズもいよいよ完結。
ワーグナーの楽劇の世界にどっぶり浸かるために、
新宿の映画館にGo!
すっかりおなじみになった、
巨大特設マシンの舞台装置。
全4作の中で、今回が一番「使いこなせて」おり、
造形的にも変化があって、納得の空間演出。
歌手の中では、
ブリュンヒルデを歌ったデボラ・ヴォイト、
ジーックフリート役のジェイ・ハンター・モリスをはじめ、
みなそれぞれ堂々とした歌唱と体格で
そりゃあもう、お見事!
個人的には、
本作では舞台上の対空時間は短かったが、
アルベリヒ役のエリック・オーウェンズにBravo!
それにしても、
ワーグナー歌いには、
あの胸板の厚い体躯と張りのある堂々とした声が
不可欠なんだなぁ・・・。
そうそう、長丁場の音楽を緊張感を持って演奏してのけた
METのオケもにBravo!
指揮のファビオ・ルイージの音楽づくりも、
ライトモチーフが明確で、
透明感と艶があり、
胃もたれすることなくワーグナーの響きを堪能できるものでした。
春からは、四部作のチクルス上演がある。
いつの日か、NYで一週間かけてMET版リングを観てみたいものだ。
(さぁて、いつ行けるかな・・・?)
[2012年3月3日(土) 新宿ピカデリー]
ロベール・ルパージュ演出による、
MET「指輪」シリーズもいよいよ完結。
ワーグナーの楽劇の世界にどっぶり浸かるために、
新宿の映画館にGo!
すっかりおなじみになった、
巨大特設マシンの舞台装置。
全4作の中で、今回が一番「使いこなせて」おり、
造形的にも変化があって、納得の空間演出。
歌手の中では、
ブリュンヒルデを歌ったデボラ・ヴォイト、
ジーックフリート役のジェイ・ハンター・モリスをはじめ、
みなそれぞれ堂々とした歌唱と体格で
そりゃあもう、お見事!
個人的には、
本作では舞台上の対空時間は短かったが、
アルベリヒ役のエリック・オーウェンズにBravo!
それにしても、
ワーグナー歌いには、
あの胸板の厚い体躯と張りのある堂々とした声が
不可欠なんだなぁ・・・。
そうそう、長丁場の音楽を緊張感を持って演奏してのけた
METのオケもにBravo!
指揮のファビオ・ルイージの音楽づくりも、
ライトモチーフが明確で、
透明感と艶があり、
胃もたれすることなくワーグナーの響きを堪能できるものでした。
春からは、四部作のチクルス上演がある。
いつの日か、NYで一週間かけてMET版リングを観てみたいものだ。
(さぁて、いつ行けるかな・・・?)
2012年3月2日金曜日
スピノジ再来日
2010年6月の初来日公演で、素晴らしく面白いコンサートを「見せて」くれたスピノジが、
新日本フィルに再登場!
で、直前にチケットを予約して出かけた。
■ジャン・クリストフ・スピノジ指揮、新日本フィル定期演奏会
[2012年3月2日(金) すみだトリフォニーホール]
曲は、
モーツァルト:「魔笛」序曲と交響曲第35番「ハフナー」
ドヴォルジャーク:交響曲第9番「新世界より」
という、巨匠プロ!
なぜ、直前かというと、
行こうか行くまいか迷っていたから。
モーツァルトはともかく、
ドヴォルジャークは1月にエリシュカ指揮のN響で満喫したばかり。
いくらなんでも、エキセントリックにデフォルメされたんではたまらない。
どうなることかと、期待と不安が入り混じった状態で聴きに行った。
結果は・・・・・
モーツァルトは、テンポといい、響きといい、
アレッとびっくりするくらい、まっとうなもの。
音楽の起伏は確かに強調ぎみだが・・・。
拍子ぬけするくらい、きちんとした音楽づくり。
そして、後半の「新世界交響曲」は、
きわどい演出はあまりなく、強調するところは強調し、
盛り上げるところは盛り上げる。
そして、音楽が一編の「映像詩」のように、
視覚的に流れていくのを実感。
これはこれで、面白い演奏会だった。
新日本フィルに再登場!
で、直前にチケットを予約して出かけた。
■ジャン・クリストフ・スピノジ指揮、新日本フィル定期演奏会
[2012年3月2日(金) すみだトリフォニーホール]
曲は、
モーツァルト:「魔笛」序曲と交響曲第35番「ハフナー」
ドヴォルジャーク:交響曲第9番「新世界より」
という、巨匠プロ!
なぜ、直前かというと、
行こうか行くまいか迷っていたから。
モーツァルトはともかく、
ドヴォルジャークは1月にエリシュカ指揮のN響で満喫したばかり。
いくらなんでも、エキセントリックにデフォルメされたんではたまらない。
どうなることかと、期待と不安が入り混じった状態で聴きに行った。
結果は・・・・・
モーツァルトは、テンポといい、響きといい、
アレッとびっくりするくらい、まっとうなもの。
音楽の起伏は確かに強調ぎみだが・・・。
拍子ぬけするくらい、きちんとした音楽づくり。
そして、後半の「新世界交響曲」は、
きわどい演出はあまりなく、強調するところは強調し、
盛り上げるところは盛り上げる。
そして、音楽が一編の「映像詩」のように、
視覚的に流れていくのを実感。
これはこれで、面白い演奏会だった。
2012年3月1日木曜日
ライブ・エレクトロニクス初体験
ライブ・エレクトロニクスのパフォーマンスというものに
「実演」で初めて接した。
トーキョーワンダーサイトにアーティスト・イン・レジデンスとして来日・滞在していたメキシコの作曲家・音楽家、アレクサンドラ・カルデナスの新作初演のステージ。
■アレクサンドラ・カルデナス新作初演
[2012年3月1日(木) トーキョーワンダーサイト渋谷]
ライブ・エレクトロニクスの「演奏」といっても、
今までこのジャンルに接する機会がなかったので、
今一つピンとこなかったが、
要は、パソコンでプログラミングしながら「音」を作りだしていく「演奏」。
プログラム最初の「ライブ・コーディング・セッション」では、
コンピュータに打ち込んでいるプログラミングの「記号」が
背後の白い壁面に投影される。
即興「演奏」している彼女の姿はというと、
演奏家というよりも、
オフィスでパソコンに向かう美しい女性そのもの。
従来の演奏とは全くことなる「演奏風景」だ。
これはこれで、面白い。
続いては、共演者に、箏の吉村七重とリコーダーの鈴木俊哉を迎えて、
それぞれのソロと二人の二重奏。
コンピュータによる最新の「音」と、
和と洋の古典的な伝統楽器のコラボだ。
実験・前衛・同時代の曲目の中にあって、
箏の古典、八橋検校の「乱」の「斬新さ」がとても印象的だった。
他には、サルヴァトーレ・シャリーノのリコーダー・ソロの曲と、
望月京の箏とリコーダーのための曲。
そして、最後はレジデンス・アーティストとしての成果発表、
箏とリコーダーとライブ・エレクトロニクスの「三重奏」で
新作初演。
タイトルは、「FLOW/NAGARE/流れ」。
こちらのライブ・エレクトロニクスの「演奏」は、
実際の楽器の箏とリコーダーの「影」に隠れてしまったようで、
もう少し突っ込んだパフォーマンス性があってもよかったかな?
「実演」で初めて接した。
トーキョーワンダーサイトにアーティスト・イン・レジデンスとして来日・滞在していたメキシコの作曲家・音楽家、アレクサンドラ・カルデナスの新作初演のステージ。
■アレクサンドラ・カルデナス新作初演
[2012年3月1日(木) トーキョーワンダーサイト渋谷]
ライブ・エレクトロニクスの「演奏」といっても、
今までこのジャンルに接する機会がなかったので、
今一つピンとこなかったが、
要は、パソコンでプログラミングしながら「音」を作りだしていく「演奏」。
プログラム最初の「ライブ・コーディング・セッション」では、
コンピュータに打ち込んでいるプログラミングの「記号」が
背後の白い壁面に投影される。
即興「演奏」している彼女の姿はというと、
演奏家というよりも、
オフィスでパソコンに向かう美しい女性そのもの。
従来の演奏とは全くことなる「演奏風景」だ。
これはこれで、面白い。
続いては、共演者に、箏の吉村七重とリコーダーの鈴木俊哉を迎えて、
それぞれのソロと二人の二重奏。
コンピュータによる最新の「音」と、
和と洋の古典的な伝統楽器のコラボだ。
実験・前衛・同時代の曲目の中にあって、
箏の古典、八橋検校の「乱」の「斬新さ」がとても印象的だった。
他には、サルヴァトーレ・シャリーノのリコーダー・ソロの曲と、
望月京の箏とリコーダーのための曲。
そして、最後はレジデンス・アーティストとしての成果発表、
箏とリコーダーとライブ・エレクトロニクスの「三重奏」で
新作初演。
タイトルは、「FLOW/NAGARE/流れ」。
こちらのライブ・エレクトロニクスの「演奏」は、
実際の楽器の箏とリコーダーの「影」に隠れてしまったようで、
もう少し突っ込んだパフォーマンス性があってもよかったかな?
2012年2月22日水曜日
二人のイタリア人によるロシア物
今回のN響定期は、二人のイタリア人が登場。
ひとりは、ミラノ生まれの指揮者ジャナンドレア・ノセダ。
そしてもうひとりは、トリノ生まれのチェリスト、エンリコ・ディンド。
この二人のイタリア男が、
ロシア物のプログラムで、
なかなか良い演奏を聴かせてくれた。
■N響第1723回定期公演
[2012年2月22日(水) サントリーホール]
曲目は、
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番
ラフマニノフ:交響曲第3番
ロシア物といっても、全くタイプの違う2曲だ。
ショスタコーヴィチの静かな情熱が秘められたようなコンチェルトを、
エンリコ・ディンドのチェロが繊細かつ歌心をもって紡いでいく。
ああ、イタリア人の演奏だな、と感心!
ラフマニノフの交響曲は、
その「甘ったるさ」ゆえにどうもあまり好きになれないのだが、
ノセダの情熱的な指揮姿を「観ながら」聴いていたら、
あっという間に時間が過ぎてしまった。
甘く歌謡的なメロディをたっぷりと歌わせながら、
オーケストラを駆り立てるように煽る。
おとなしく規律正しいN響が、
あと一歩情熱的になって、艶やかさを出してくれたら、
もっとワクワクするような演奏になっただろうに・・・。
でも、ノセダのエスプレッシーヴォな指揮を見ているだけで、
充分楽しめる演奏でした。
ひとりは、ミラノ生まれの指揮者ジャナンドレア・ノセダ。
そしてもうひとりは、トリノ生まれのチェリスト、エンリコ・ディンド。
この二人のイタリア男が、
ロシア物のプログラムで、
なかなか良い演奏を聴かせてくれた。
■N響第1723回定期公演
[2012年2月22日(水) サントリーホール]
曲目は、
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番
ラフマニノフ:交響曲第3番
ロシア物といっても、全くタイプの違う2曲だ。
ショスタコーヴィチの静かな情熱が秘められたようなコンチェルトを、
エンリコ・ディンドのチェロが繊細かつ歌心をもって紡いでいく。
ああ、イタリア人の演奏だな、と感心!
ラフマニノフの交響曲は、
その「甘ったるさ」ゆえにどうもあまり好きになれないのだが、
ノセダの情熱的な指揮姿を「観ながら」聴いていたら、
あっという間に時間が過ぎてしまった。
甘く歌謡的なメロディをたっぷりと歌わせながら、
オーケストラを駆り立てるように煽る。
おとなしく規律正しいN響が、
あと一歩情熱的になって、艶やかさを出してくれたら、
もっとワクワクするような演奏になっただろうに・・・。
でも、ノセダのエスプレッシーヴォな指揮を見ているだけで、
充分楽しめる演奏でした。
2012年2月16日木曜日
日本が守り続けるべきオペラ作品
■新国立劇場「沈黙」
[2012年2月16日(木) 新国立劇場・中劇場]
遠藤周作の名作「沈黙」を松村禎三の台本・作曲でオペラ化した「沈黙」。
1980年にサントリー音楽財団から委嘱された後、13年もの歳月をかけて作曲されたという。
まさに渾身の一作!
キリシタンに対する弾圧が厳しい長崎の地に、自ら志願して赴任した若きポルトガル人宣教師。
彼を中心に、キリシタンたちの信仰、踏み絵、棄教・・・といった「重い」世界が描かれていく。
遠藤周作の原作同様、松村禎三の音楽も、この重い世界に真摯に向き合っている。
西洋の音楽芸術の中のオペラという表現形式をとってはいるものの、もはやこれは「オペラ」を超越した舞台芸術なのではないだろうか。
そう、客席にいて感じたのは、まさに宗教的な空間での「儀式」のような厳粛さのようなもの。
休憩時にシャンパンやワインを飲む観客の姿や、カーテンコールでの「ブラボー!」が、どこか場違いにさえ感じてしまった。
それほどまでに、舞台芸術の世界を通じて「何か」を考えさせられる見事なプロダクションだった。
演出は、新国立劇場演劇部門の芸術監督、宮田慶子。
斜めに傾いだ十字架が印象的な回り舞台(美術:池田ともゆき)をうまく使った丁寧な演出。
ただ、背景幕に投影される映像は、もう少しダイナミックな方がよかったかな。少なくとも、幕の余白がないくらいにはして欲しかった・・・。
キリシタンを弾圧し、宣教師に棄教をせまる長崎奉行・井上筑後守の衣裳は、橙色の折り紙のような裃姿。権力側の存在としての次元の違いを表したかったのかもしれないが、ちと滑稽すぎる。歌舞伎の赤侍ほど戯画化された役柄でもなく、むしろ当時の日本の為政者として、整然たる論理でキリスト教について発言する「いい役」なのだから、あそこまでデザイン化する必要があったのだろうか・・・?(衣装:半田悦子)
指揮は、新国立劇場初登場という下野竜也。
ピットでの指揮ぶりを見ていても、音楽の構造や流れが明確で、力強い「芯」のある音楽づくりをしていた。見事!
出演者は、宣教師ロドリゴを演じた小原啓楼が熱演!
ロドリゴの師で、棄教し日本に帰化したフェレイラを演じたのは、与那城敬。見た目もどこか西洋人ぽくて、納得の造形。
ロドリゴをマカオから案内してきたキチジローは桝貴志。棄教しながらも、ロドリゴへの親近感をすてきれない無学な小物ぶりが良く出ていた。
踏み絵を拒んで水磔にされるモキチを演じた鈴木准、その恋人オハルの石橋栄実、その他キリシタンの村人たちも、みな役をきちんと造形していて説得力がある。
これは日本人でしか描けないオペラなのかなぁ・・・?
たとえそうだとしても、日本の国立歌劇場である「新国立劇場」をはじめ、日本のオペラ界がきちんと守り続けていかなければならない作品であることは確かだ。
[2012年2月16日(木) 新国立劇場・中劇場]
遠藤周作の名作「沈黙」を松村禎三の台本・作曲でオペラ化した「沈黙」。
1980年にサントリー音楽財団から委嘱された後、13年もの歳月をかけて作曲されたという。
まさに渾身の一作!
キリシタンに対する弾圧が厳しい長崎の地に、自ら志願して赴任した若きポルトガル人宣教師。
彼を中心に、キリシタンたちの信仰、踏み絵、棄教・・・といった「重い」世界が描かれていく。
遠藤周作の原作同様、松村禎三の音楽も、この重い世界に真摯に向き合っている。
西洋の音楽芸術の中のオペラという表現形式をとってはいるものの、もはやこれは「オペラ」を超越した舞台芸術なのではないだろうか。
そう、客席にいて感じたのは、まさに宗教的な空間での「儀式」のような厳粛さのようなもの。
休憩時にシャンパンやワインを飲む観客の姿や、カーテンコールでの「ブラボー!」が、どこか場違いにさえ感じてしまった。
それほどまでに、舞台芸術の世界を通じて「何か」を考えさせられる見事なプロダクションだった。
演出は、新国立劇場演劇部門の芸術監督、宮田慶子。
斜めに傾いだ十字架が印象的な回り舞台(美術:池田ともゆき)をうまく使った丁寧な演出。
ただ、背景幕に投影される映像は、もう少しダイナミックな方がよかったかな。少なくとも、幕の余白がないくらいにはして欲しかった・・・。
キリシタンを弾圧し、宣教師に棄教をせまる長崎奉行・井上筑後守の衣裳は、橙色の折り紙のような裃姿。権力側の存在としての次元の違いを表したかったのかもしれないが、ちと滑稽すぎる。歌舞伎の赤侍ほど戯画化された役柄でもなく、むしろ当時の日本の為政者として、整然たる論理でキリスト教について発言する「いい役」なのだから、あそこまでデザイン化する必要があったのだろうか・・・?(衣装:半田悦子)
指揮は、新国立劇場初登場という下野竜也。
ピットでの指揮ぶりを見ていても、音楽の構造や流れが明確で、力強い「芯」のある音楽づくりをしていた。見事!
出演者は、宣教師ロドリゴを演じた小原啓楼が熱演!
ロドリゴの師で、棄教し日本に帰化したフェレイラを演じたのは、与那城敬。見た目もどこか西洋人ぽくて、納得の造形。
ロドリゴをマカオから案内してきたキチジローは桝貴志。棄教しながらも、ロドリゴへの親近感をすてきれない無学な小物ぶりが良く出ていた。
踏み絵を拒んで水磔にされるモキチを演じた鈴木准、その恋人オハルの石橋栄実、その他キリシタンの村人たちも、みな役をきちんと造形していて説得力がある。
これは日本人でしか描けないオペラなのかなぁ・・・?
たとえそうだとしても、日本の国立歌劇場である「新国立劇場」をはじめ、日本のオペラ界がきちんと守り続けていかなければならない作品であることは確かだ。
2012年2月12日日曜日
NYが生んだバロック・オペラ
今シーズンのMETライブビューイングのラインナップの中で、
一番期待していた作品を観に行った。
■METライブビューイング「エンチャンテッド・アイランド」
[2012年2月12日(日) 新宿ピカデリー]
ヘンデル、ヴィヴァルディ、ラモーをはじめ、
ルクレール、パーセル、カンプラ、
Jean-Fery RebelとかGiovanni Battista Ferrandiniなんていう聞いたこともないバロックの作曲家の曲で構成した「新作バロック・オペラ」。
いわゆる、寄せ集めの「パスティーシュ」だ。
おはなしの方は、シェイクスピアの「テンペスト」の世界に
「夏の夜の夢」の恋人たちを登場させたオリジナル台本。
「テンペスト」のプロスペローの島に、
新婚旅行航海中の「夏の夜~」の二組のカップルが難破して漂着。
妖精アリエルの魔法の掛け違いで、
プロスペローの娘ミランダと、魔女シコラクスの息子キャリバンを含めた6人の男女の組み合わせがごちゃごちゃになって大騒動を繰り広げる。
良く知られたシェイクスピアの登場人物たちが、
バロック音楽にのって繰り広げる「新作」の世界。
「なんちゃってバロック」にならないかと心配していたが、
これがどうして、活きのいいバロックオペラとなっていて、
いやぁ面白く拝見しました。
思えば、バロックオペラというものは、
王侯貴族が、その財力や権力の象徴として産み出した、
絢爛豪華な舞台芸術。
とすれば、現代ニューヨークのメトロポリタン・オペラこそ、
この地球上で絢爛豪華なバロック芸術を花開かせることのできる
唯一のオペラハウスなのかもしれない。
観終わって、「バロック芸術」について考えながら歩いていると、
ふとローマのボルゲーゼ美術館で見たベルニーニの彫刻「アポロとダフネ」が目に浮かんだ。
アポロに触れられた途端、月桂樹に姿を変えていくダフネ。
現実にはそんなこと起こるわけがないのに、
あたかも「そういうことがあった」と実感せざるを得ない芸術の力・・・。
嵐や海、怒りや愛、
なんでも描いてしまうバロック音楽に耳を傾けているうちに、
パスティッチョされた(寄せ集められた)バロック・オペラ
という架空の世界が醸し出す「芸術的説得力」に感心した。
出演者は、みなもう素晴らしく魅力的。
ネプチューンを演じたドミンゴなんか、その登場のシーンの演出の豪華さもあって、
ご立派の一言。Bravo!
「夏の夜~」のパックのような軽やかさで
妖精アリエルを歌い演じたダニエル・ドゥ・ニースがBrava!
「ドン・ジョヴァンニ」のレポレッロで好演したルカ・ピザローニはキャリバン。
おでこが黄色で顔が白塗り、見た目には誰だかわからないくらいの怪物メイクが可哀想だったが、もともと演技力がちゃんとしている人なんだな。単なる化け物ではなく、しっかりと「心」をもったキャリバンに仕上がっていました。Bravo!
そのほか、出演者全員Bravi!!!
それから、この構成を考え台本をつくったジェレミー・サムズもBravo!
こういう才能の人がいるんだねぇ。
指揮のウイリアム・クリスティーともども、
バロック世界に精通したアーティストが揃ったからこそ成し得た「新作」といえるかもしれない。
これは「観るべし!」です。
一番期待していた作品を観に行った。
■METライブビューイング「エンチャンテッド・アイランド」
[2012年2月12日(日) 新宿ピカデリー]
ヘンデル、ヴィヴァルディ、ラモーをはじめ、
ルクレール、パーセル、カンプラ、
Jean-Fery RebelとかGiovanni Battista Ferrandiniなんていう聞いたこともないバロックの作曲家の曲で構成した「新作バロック・オペラ」。
いわゆる、寄せ集めの「パスティーシュ」だ。
おはなしの方は、シェイクスピアの「テンペスト」の世界に
「夏の夜の夢」の恋人たちを登場させたオリジナル台本。
「テンペスト」のプロスペローの島に、
新婚旅行航海中の「夏の夜~」の二組のカップルが難破して漂着。
妖精アリエルの魔法の掛け違いで、
プロスペローの娘ミランダと、魔女シコラクスの息子キャリバンを含めた6人の男女の組み合わせがごちゃごちゃになって大騒動を繰り広げる。
良く知られたシェイクスピアの登場人物たちが、
バロック音楽にのって繰り広げる「新作」の世界。
「なんちゃってバロック」にならないかと心配していたが、
これがどうして、活きのいいバロックオペラとなっていて、
いやぁ面白く拝見しました。
思えば、バロックオペラというものは、
王侯貴族が、その財力や権力の象徴として産み出した、
絢爛豪華な舞台芸術。
とすれば、現代ニューヨークのメトロポリタン・オペラこそ、
この地球上で絢爛豪華なバロック芸術を花開かせることのできる
唯一のオペラハウスなのかもしれない。
観終わって、「バロック芸術」について考えながら歩いていると、
ふとローマのボルゲーゼ美術館で見たベルニーニの彫刻「アポロとダフネ」が目に浮かんだ。
アポロに触れられた途端、月桂樹に姿を変えていくダフネ。
現実にはそんなこと起こるわけがないのに、
あたかも「そういうことがあった」と実感せざるを得ない芸術の力・・・。
嵐や海、怒りや愛、
なんでも描いてしまうバロック音楽に耳を傾けているうちに、
パスティッチョされた(寄せ集められた)バロック・オペラ
という架空の世界が醸し出す「芸術的説得力」に感心した。
出演者は、みなもう素晴らしく魅力的。
ネプチューンを演じたドミンゴなんか、その登場のシーンの演出の豪華さもあって、
ご立派の一言。Bravo!
「夏の夜~」のパックのような軽やかさで
妖精アリエルを歌い演じたダニエル・ドゥ・ニースがBrava!
「ドン・ジョヴァンニ」のレポレッロで好演したルカ・ピザローニはキャリバン。
おでこが黄色で顔が白塗り、見た目には誰だかわからないくらいの怪物メイクが可哀想だったが、もともと演技力がちゃんとしている人なんだな。単なる化け物ではなく、しっかりと「心」をもったキャリバンに仕上がっていました。Bravo!
そのほか、出演者全員Bravi!!!
それから、この構成を考え台本をつくったジェレミー・サムズもBravo!
こういう才能の人がいるんだねぇ。
指揮のウイリアム・クリスティーともども、
バロック世界に精通したアーティストが揃ったからこそ成し得た「新作」といえるかもしれない。
これは「観るべし!」です。
2012年2月11日土曜日
モーツァルト時代の響き
■クラシカル・プレイヤーズ東京演奏会 [2012年2月10日(土・祝) 東京文化会館・小ホール]
有田正広氏が指揮するオリジナル楽器のオーケストラ、
「クラシカル・プレイヤーズ東京」の演奏会に出かけた。
プログラムは、すべてモーツァルトの協奏曲。
フルート協奏曲第2番(独奏:有田正広)
ホルン協奏曲第3番(独奏:大野雄太)
ヴァイオリン協奏曲第3番(独奏:弓新)
クラリネット協奏曲(独奏:満江菜穂子)
・・・という名曲揃い。
チケットも完売という盛況ぶり。
聴きなれた名曲が、オリジナル楽器特有の低いピッチによる
少し翳りのある響きで描き出されていく・・・。
楽器の機能は現代のものとは格段に違うので、
音を正確に出したり、速いパッセージを演奏すること自体に、
並々ならぬ工夫と苦労が感じられる。
モーツァルトの生きた時代には、
楽器はみんなこの程度の機能だったんだなぁ・・・
などと思いながら、改めて曲に聞き入ってみると、
その制約の中で、これだけ伸び伸び溌剌とした音楽を産み出した
モーツァルトの創造性に感心した次第。
そうそう、冒頭のフルート協奏曲。
いきなり有田氏のフルート独奏によるカデンツァで始まったのにはびっくり。
こういうことって、もしかしたら18世紀とかにはよくあるパターンだったのかなぁ・・・?
なかなかに興味深く面白い演奏会でした。
有田正広氏が指揮するオリジナル楽器のオーケストラ、
「クラシカル・プレイヤーズ東京」の演奏会に出かけた。
プログラムは、すべてモーツァルトの協奏曲。
フルート協奏曲第2番(独奏:有田正広)
ホルン協奏曲第3番(独奏:大野雄太)
ヴァイオリン協奏曲第3番(独奏:弓新)
クラリネット協奏曲(独奏:満江菜穂子)
・・・という名曲揃い。
チケットも完売という盛況ぶり。
聴きなれた名曲が、オリジナル楽器特有の低いピッチによる
少し翳りのある響きで描き出されていく・・・。
楽器の機能は現代のものとは格段に違うので、
音を正確に出したり、速いパッセージを演奏すること自体に、
並々ならぬ工夫と苦労が感じられる。
モーツァルトの生きた時代には、
楽器はみんなこの程度の機能だったんだなぁ・・・
などと思いながら、改めて曲に聞き入ってみると、
その制約の中で、これだけ伸び伸び溌剌とした音楽を産み出した
モーツァルトの創造性に感心した次第。
そうそう、冒頭のフルート協奏曲。
いきなり有田氏のフルート独奏によるカデンツァで始まったのにはびっくり。
こういうことって、もしかしたら18世紀とかにはよくあるパターンだったのかなぁ・・・?
なかなかに興味深く面白い演奏会でした。
2012年1月28日土曜日
2012年1月27日金曜日
街で見かけた変なもの(1)
2012年1月25日水曜日
グレン・グールドの人間性に触れる
渋谷の小さな映画館で、
グレン・グールドを描いたドキュメンタリー映画を観る。
■「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」
[2012年1月25日(水) 渋谷・アップリンク]
原題は、“Genius Within The Inner Life of Glenn Gould”。
ミシェル・オゼとピーター・レイモントの共同監督による2009年カナダ映画だ。
映画の公式サイトはこちら
http://www.uplink.co.jp/gould/
映画の時間軸は、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」による衝撃的なレコード・デビューから、その死まで。
グールドを追った記録映像に、プライベートで重要な役割をした3人の女性や緻密なレコーディング作業を共にしたスタッフ、プロデューサーやアシュケナージのような同僚ピアニストなどの証言映像を交えて坦々と追っていく。
そこからは、エキセントリックな言動に彩られた「天才」の「ミステリアス」な人生ではなく、
驚くほど穏やかな一人の男の純粋な人生が浮かび上がってきた。
ただ、その「穏やかさ」は、カナダの大自然のようで、他人との関係では時として不器用で、場合によっては周囲に牙をむくこともある。
それは、グールドという人が、限りなく「純粋」だった証し。
この映画を観て、グールドの弾くバッハやベートーヴェンを改めてじっくりと聴いてみたくなった。
音楽ファン、ピアノ・ファン、グールド・ファンならずとも、必見のドキュメンタリー映画です。
グレン・グールドを描いたドキュメンタリー映画を観る。
■「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」
[2012年1月25日(水) 渋谷・アップリンク]
原題は、“Genius Within The Inner Life of Glenn Gould”。
ミシェル・オゼとピーター・レイモントの共同監督による2009年カナダ映画だ。
映画の公式サイトはこちら
http://www.uplink.co.jp/gould/
映画の時間軸は、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」による衝撃的なレコード・デビューから、その死まで。
グールドを追った記録映像に、プライベートで重要な役割をした3人の女性や緻密なレコーディング作業を共にしたスタッフ、プロデューサーやアシュケナージのような同僚ピアニストなどの証言映像を交えて坦々と追っていく。
そこからは、エキセントリックな言動に彩られた「天才」の「ミステリアス」な人生ではなく、
驚くほど穏やかな一人の男の純粋な人生が浮かび上がってきた。
ただ、その「穏やかさ」は、カナダの大自然のようで、他人との関係では時として不器用で、場合によっては周囲に牙をむくこともある。
それは、グールドという人が、限りなく「純粋」だった証し。
この映画を観て、グールドの弾くバッハやベートーヴェンを改めてじっくりと聴いてみたくなった。
音楽ファン、ピアノ・ファン、グールド・ファンならずとも、必見のドキュメンタリー映画です。
2012年1月20日金曜日
現代に生きるMETの総合力が結実
■METライブビューイング「ファウスト」
[2012年1月20日(金) 新宿ピカデリー]
今年に入ってから2本目のMETライブビューイングは、
グノーの「ファウスト」。
演出は、デス・マッカナフ。
時代を二つの世界大戦の間にし、
ファウスト博士は原爆の開発者という設定。
ファウストといえばゲーテの名作だけに、
この演出上の読み替えに、はじめはどうなることやらと心配したが、
とても丁寧に演出されたプロダクションで、最後まで違和感なく鑑賞できた。
ファウスト、メフィストフェレス、マルガレーテの三人の主要人物のうち、
マルガレーテの顔を各幕の冒頭に映像で大写しし、
彼女の心の変化を軸にドラマを演出している。
METの客席からではなく、映画館で鑑賞する演技ということもあるだろうが、
劇中のマルガレーテの表情や、昇天していくときの毅然とした顔つきなどにも、
演出家のこだわりが見てとれた。
ファウスト博士は、ヨナス・カウフマン。
老博士のときの声と演技も見事だったが、
やはり何と言っても、若さを得たファウスト青年の力強く張りのあるテノールは流石。
Bravo!
メフィストフェレスはルネ・パーペ。
目の表情や体全体から発散される「悪」の色気が見事。
Bravo!
マルガレーテはマリーナ・ポプラフスカヤ。
正直言って、あまり好きな顔立ちの人ではないのだが、
今回は、「私は美人でもお嬢様でもない」と歌う、その外見が、
マルガレーテの悲劇と時代設定にマッチしていて、
こちらもBrava!
とにかく、この三者の歌唱と演技が見事でBravi!
ほかには、昨シーズンの「ニクソン・イン・チャイナ」で周恩来を演じていたバリトンのラッセル・ブローンが、マルガレーテの実直な兄ヴァレンティンを好演。
そして何よりも、大人数の合唱や助演が見事。
兵隊が戦争から戻ってくるシーンなど、単なる「凱旋」の場面にはせず、戦死した戦友の母親や、恋人(夫)の死を知って落胆する女などを群衆の中に細かく描き、戦争の残酷さや悲惨さをアピールいたのには感心。そして、音楽も単なる勇ましい凱旋の合唱ではなく、どこか重々しく翳りのある響きにしていたのも見事。
この「兵士の合唱」のシーン、思わず目頭が熱くなってしまった。
現代社会の中で、METという豪華なオペラの殿堂からでも、確信に満ちたメッセージは発信していかなければならない、という気魄のようなものが感じられ、感動的な場面だった。
指揮はカナダ人指揮者、ヤニック・ネゼ=セギャン。
陰影の変化と温かみある音楽をオーケストラから紡ぎだしていて、
こちらもBravo!
音楽にしろ演出にしろ、METのドラマ作りにおける総合力が結実したような見事なプロダクションでした!
[2012年1月20日(金) 新宿ピカデリー]
今年に入ってから2本目のMETライブビューイングは、
グノーの「ファウスト」。
演出は、デス・マッカナフ。
時代を二つの世界大戦の間にし、
ファウスト博士は原爆の開発者という設定。
ファウストといえばゲーテの名作だけに、
この演出上の読み替えに、はじめはどうなることやらと心配したが、
とても丁寧に演出されたプロダクションで、最後まで違和感なく鑑賞できた。
ファウスト、メフィストフェレス、マルガレーテの三人の主要人物のうち、
マルガレーテの顔を各幕の冒頭に映像で大写しし、
彼女の心の変化を軸にドラマを演出している。
METの客席からではなく、映画館で鑑賞する演技ということもあるだろうが、
劇中のマルガレーテの表情や、昇天していくときの毅然とした顔つきなどにも、
演出家のこだわりが見てとれた。
ファウスト博士は、ヨナス・カウフマン。
老博士のときの声と演技も見事だったが、
やはり何と言っても、若さを得たファウスト青年の力強く張りのあるテノールは流石。
Bravo!
メフィストフェレスはルネ・パーペ。
目の表情や体全体から発散される「悪」の色気が見事。
Bravo!
マルガレーテはマリーナ・ポプラフスカヤ。
正直言って、あまり好きな顔立ちの人ではないのだが、
今回は、「私は美人でもお嬢様でもない」と歌う、その外見が、
マルガレーテの悲劇と時代設定にマッチしていて、
こちらもBrava!
とにかく、この三者の歌唱と演技が見事でBravi!
ほかには、昨シーズンの「ニクソン・イン・チャイナ」で周恩来を演じていたバリトンのラッセル・ブローンが、マルガレーテの実直な兄ヴァレンティンを好演。
そして何よりも、大人数の合唱や助演が見事。
兵隊が戦争から戻ってくるシーンなど、単なる「凱旋」の場面にはせず、戦死した戦友の母親や、恋人(夫)の死を知って落胆する女などを群衆の中に細かく描き、戦争の残酷さや悲惨さをアピールいたのには感心。そして、音楽も単なる勇ましい凱旋の合唱ではなく、どこか重々しく翳りのある響きにしていたのも見事。
この「兵士の合唱」のシーン、思わず目頭が熱くなってしまった。
現代社会の中で、METという豪華なオペラの殿堂からでも、確信に満ちたメッセージは発信していかなければならない、という気魄のようなものが感じられ、感動的な場面だった。
指揮はカナダ人指揮者、ヤニック・ネゼ=セギャン。
陰影の変化と温かみある音楽をオーケストラから紡ぎだしていて、
こちらもBravo!
音楽にしろ演出にしろ、METのドラマ作りにおける総合力が結実したような見事なプロダクションでした!
2012年1月19日木曜日
パガニーニの技巧と歌心
■アドリアン・ユストゥス ヴァイオリンリサイタル
[2012年1月19日(木) 紀尾井ホール]
メキシコ人ヴァイオリニスト、アドリアン・ユストゥスの演奏会を聴く。
プログラムは、パガニーニの「24のカプリス」全曲!と
ドビュッシーのソナタという変わった組み合わせ。
メキシコでヴァイオリンというと、ヘンリク・シェリングを連想してしまうが、
アドリアン・ユステゥスは、メキシコと縁の深い日本人ヴァイオリニスト黒沼ユリ子さんの“弟子”。
そして、パガニーニのカプリス全曲を演奏会の曲目にするくらいだから、テクニック至上かというと、温かく人間性と“歌心”がステージから感じられて好感の持てる演奏家だった
演奏は、24曲を番号順に演奏するのではなく、
調整や曲のイメージから順番を入れ替えて演奏。
そして、ほとんどの曲の前で、曲のイメージするところを短く客席に伝え、各曲ごとに拍手を受ける。
だから、通して演奏しても1時間半近くかかるところ、
パガニーニが終わった段階で9時近く。
それから15分の休憩をとって、ドビュッシーとアンコール3曲。
終演したのは9時40分頃!
図らずも体力勝負の演奏会となってしまったが、まとめて聴く機会など滅多にないパガニーニをじっくり堪能しながら、その技巧に驚嘆し、曲に込められた歌心を楽しむことのできた一夜でした。
ドビュッシーとアンコールでのピアノ伴奏は、
同じくメキシコ人ピアニストのラファエル・ゲーラ。
[2012年1月19日(木) 紀尾井ホール]
メキシコ人ヴァイオリニスト、アドリアン・ユストゥスの演奏会を聴く。
プログラムは、パガニーニの「24のカプリス」全曲!と
ドビュッシーのソナタという変わった組み合わせ。
メキシコでヴァイオリンというと、ヘンリク・シェリングを連想してしまうが、
アドリアン・ユステゥスは、メキシコと縁の深い日本人ヴァイオリニスト黒沼ユリ子さんの“弟子”。
そして、パガニーニのカプリス全曲を演奏会の曲目にするくらいだから、テクニック至上かというと、温かく人間性と“歌心”がステージから感じられて好感の持てる演奏家だった
演奏は、24曲を番号順に演奏するのではなく、
調整や曲のイメージから順番を入れ替えて演奏。
そして、ほとんどの曲の前で、曲のイメージするところを短く客席に伝え、各曲ごとに拍手を受ける。
だから、通して演奏しても1時間半近くかかるところ、
パガニーニが終わった段階で9時近く。
それから15分の休憩をとって、ドビュッシーとアンコール3曲。
終演したのは9時40分頃!
図らずも体力勝負の演奏会となってしまったが、まとめて聴く機会など滅多にないパガニーニをじっくり堪能しながら、その技巧に驚嘆し、曲に込められた歌心を楽しむことのできた一夜でした。
ドビュッシーとアンコールでのピアノ伴奏は、
同じくメキシコ人ピアニストのラファエル・ゲーラ。
2012年1月18日水曜日
「オーケストラ」の「音」ではなく・・・
チェコの名匠ラドミル・エリシュカによるチェコ音楽で、
年明け早々幸せなスタートを切ったが、
お次はスラットキンの久々の客演。
■レナード・スラットキン指揮、N響第1719回定期公演
[2012年1月18日(水) サントリーホール]
プログラムは・・・・
ロッシーニ:「どろぼうかささぎ」序曲
ルトスワフスキ:チェロ協奏曲
(チェロ独奏:ジャン・ギアン・ケラス)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
社会主義体制下での産物・ルトスワフスキとショスタコーヴィチの作品の前に置かれたロッシーニって、どんな気分で聴いたらいいのだろう・・・と心配していたが、やっぱりスラットキンという指揮者、良くも悪くも思想性とは無縁のところで、音楽と機能的に向き合う人なのだ、と思った。
ロッシーニ・クレッシェンドは、オペラが始まる前の高揚感でも、ドラマの予感でもなく、ただ楽譜にクレッシェンドと書かれているからクレッシェンドさせただけ。機能としての音しか聴こえてこない。
ショスタコーヴィチにしてもそう。
音楽に込められた作曲家の思いや叫びを読みとって表現するのではなく、オーケストラを極めて効率よくコントロールし、その機能を聴衆に披露する。
それはそれで、ライブ・パフォーマンスとしては面白く聴くことができるだろうけど・・・。
時間とお金を割いてコンサート会場に足を運ぶのは、「オーケストラ」の「音」を聴くためではなく、「音楽」を聴いて「感動」したいためなのではないだろうか。スラットキンの指揮する「オーケストラ」の「音」は、よく鳴ってはいたが、はたしてそこに「音楽」はあったのだろうか・・・?
(オーケストラの生の音に接して「爽快感」を味わう、という聴き方も否定はしないが)
コンサートが終わってホールを出たころには、何も心に残ってはいなかった・・・。
年明け早々幸せなスタートを切ったが、
お次はスラットキンの久々の客演。
■レナード・スラットキン指揮、N響第1719回定期公演
[2012年1月18日(水) サントリーホール]
プログラムは・・・・
ロッシーニ:「どろぼうかささぎ」序曲
ルトスワフスキ:チェロ協奏曲
(チェロ独奏:ジャン・ギアン・ケラス)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
社会主義体制下での産物・ルトスワフスキとショスタコーヴィチの作品の前に置かれたロッシーニって、どんな気分で聴いたらいいのだろう・・・と心配していたが、やっぱりスラットキンという指揮者、良くも悪くも思想性とは無縁のところで、音楽と機能的に向き合う人なのだ、と思った。
ロッシーニ・クレッシェンドは、オペラが始まる前の高揚感でも、ドラマの予感でもなく、ただ楽譜にクレッシェンドと書かれているからクレッシェンドさせただけ。機能としての音しか聴こえてこない。
ショスタコーヴィチにしてもそう。
音楽に込められた作曲家の思いや叫びを読みとって表現するのではなく、オーケストラを極めて効率よくコントロールし、その機能を聴衆に披露する。
それはそれで、ライブ・パフォーマンスとしては面白く聴くことができるだろうけど・・・。
時間とお金を割いてコンサート会場に足を運ぶのは、「オーケストラ」の「音」を聴くためではなく、「音楽」を聴いて「感動」したいためなのではないだろうか。スラットキンの指揮する「オーケストラ」の「音」は、よく鳴ってはいたが、はたしてそこに「音楽」はあったのだろうか・・・?
(オーケストラの生の音に接して「爽快感」を味わう、という聴き方も否定はしないが)
コンサートが終わってホールを出たころには、何も心に残ってはいなかった・・・。
2012年1月13日金曜日
ブラボー!エリシュカ
エリシュカ翁のおかげで、
年のはじめからチェコ音楽の名演に浸って気分は上々だが、
2つ目は、NHKホールでのN響定期。
■ラドミル・エリシュカ指揮、N響第1718回定期公演
[2012年1月13日(金) NHKホール]
スメタナ:交響詩「ワレンシュタインの陣営」
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
ドヴォルザーク:交響曲第6番
なかなか渋いプログラムで、曲目が発表された時から楽しみにしていたもの。
スメタナの「ワレンシュタインの陣営」なんて、日本じゃ滅多に聴く機会がない。
こういうプログラミングをしてくれるのも、チェコ音楽の先人たちの流れを汲む名匠だからこそ可能なわけで、チェコ大好き人間にとってはたまらない。
そのスメタナ作品。
国民音楽の元祖というよりは、リストに影響を受けたドイツ的な音楽を作っていたころの作品。
陣営の様々な情景が目に浮かぶような、解りやすい音楽だ。
続く「シンフォニエッタ」は、ヤナーチェクの“孫弟子”エリシュカ翁の細かく丁寧な音楽づくりが感じられる名演!
冒頭のバンダの音からして、中欧の小都市ブルノの町の空気が感じられるような、翳りと活力の入り混じった素晴らしい響きを醸し出し、一気にヤナーチェクの音の世界に引き込まれていく。
音楽の息遣いや音響世界が独特な、“モラヴィア的風土”が存分に堪能できた。
休憩後のドヴォルザークの交響曲第6番は、チェコの牧歌的な雰囲気が感じられる名曲。ボヘミアの自然や民俗の温もり、人々の生活の喜びが感じられる。ドヴォルザークの交響曲の中でも、個人的には一番好きな曲だ。
こちらも素晴らしい演奏。
エリシュカ翁の信念に満ちた的確な指揮とオーラで、チェコ音楽の幸福感に包まれた一夜。
プログラムの渋さもあって、客席は満席とは言えなかったが、演奏後は盛大なBravo!と拍手。
マエストロも満足そう。
この先、可能な限り何度も来日して、
チェコ音楽の真髄を披露してほしいマエストロだ。
年のはじめからチェコ音楽の名演に浸って気分は上々だが、
2つ目は、NHKホールでのN響定期。
■ラドミル・エリシュカ指揮、N響第1718回定期公演
[2012年1月13日(金) NHKホール]
スメタナ:交響詩「ワレンシュタインの陣営」
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
ドヴォルザーク:交響曲第6番
なかなか渋いプログラムで、曲目が発表された時から楽しみにしていたもの。
スメタナの「ワレンシュタインの陣営」なんて、日本じゃ滅多に聴く機会がない。
こういうプログラミングをしてくれるのも、チェコ音楽の先人たちの流れを汲む名匠だからこそ可能なわけで、チェコ大好き人間にとってはたまらない。
そのスメタナ作品。
国民音楽の元祖というよりは、リストに影響を受けたドイツ的な音楽を作っていたころの作品。
陣営の様々な情景が目に浮かぶような、解りやすい音楽だ。
続く「シンフォニエッタ」は、ヤナーチェクの“孫弟子”エリシュカ翁の細かく丁寧な音楽づくりが感じられる名演!
冒頭のバンダの音からして、中欧の小都市ブルノの町の空気が感じられるような、翳りと活力の入り混じった素晴らしい響きを醸し出し、一気にヤナーチェクの音の世界に引き込まれていく。
音楽の息遣いや音響世界が独特な、“モラヴィア的風土”が存分に堪能できた。
休憩後のドヴォルザークの交響曲第6番は、チェコの牧歌的な雰囲気が感じられる名曲。ボヘミアの自然や民俗の温もり、人々の生活の喜びが感じられる。ドヴォルザークの交響曲の中でも、個人的には一番好きな曲だ。
こちらも素晴らしい演奏。
エリシュカ翁の信念に満ちた的確な指揮とオーラで、チェコ音楽の幸福感に包まれた一夜。
プログラムの渋さもあって、客席は満席とは言えなかったが、演奏後は盛大なBravo!と拍手。
マエストロも満足そう。
この先、可能な限り何度も来日して、
チェコ音楽の真髄を披露してほしいマエストロだ。
2012年1月10日火曜日
バロック・オペラでオペラ始め
2012年のオペラ始めは、バロック・オペラ。
・・・といっても、映画館での鑑賞だけど。
■METライブビューイング「ロデリンダ」
[2012年1月10日(火) 新宿ピカデリー]
バロック・オペラというと、曲調も全編バロック音楽だし(当たり前だ!)、何度も同じことばかり歌うし、そのお陰で長いし・・・で、あまり積極的に接してはこなかった。
この「ロデリンダ」も「どうかなぁ・・・?」と思っていたが、METの“女王”ルネ・フレミングが大切にしているらしい演目ということなので、映画館に足を運んだ次第。
・・・で、観終わっての感想だけど、
何よりも演出が素晴らしい!
演出は、スティーヴン・ワズワース。
この人、インタヴューでも言っていたが、18世紀大好き人間らしく、バロック・オペラに対する愛情の深さと知識の豊かさが画面を観ていても感じられる。
舞台は、イタリア半島北部ロンバルド、つまりミラノの宮廷。
ロンバルディアあたりでよく見かける城の塔や中庭が忠実に再現されている。
そして、宮廷内の図書室や裏庭、馬小屋などが左右にスライドされていく。
舞台転換がスムーズで各場の空間的な関連が解りやすく、音楽を途切れさせることもない。
舞台袖が広いMETの舞台機構を存分に駆使したアイディアだ。
美術のデザインは、いわゆる等身大。
誇張や抽象化は一切ない。
大勢の人間が仕事をしている宮廷らしく、衛兵が横切ったり、庭師が花の手入れをしたり・・・、と助演の使い方・動かし方も「動く舞台美術」となっていて効果的だ。
その中で、バロック・オペラ特有の「歌」が、技巧を駆使して歌われていく。
歌詞を文字化すると少しのことしか言っていない、いわゆる「ダ・カーポ・アリア」なのだが、装飾音の付け方や演技がきちんと演出されているので、単なる「繰り返し」に終わらず、感情の変化が自然と客席に伝わり、ドラマとして「歌」が成立している。
この演出家、大した力量だし、それに応えて歌い演じた歌手たちも見事!
おかげで「バロック・オペラってこういう面白さがあるんだ」と、
遅ればせながら認識させられた次第。
王妃ロデリンダの夫で王位を略奪されていた元王べルタリドを演じたアンドレアス・ショルと、その忠実な腹心ウヌルフォを演じたイェスティン・デイヴィィーズは、カウンターテナー。
ヘンデルの時代には、カストラートが歌い演じた役だが、カウンターテナーだと発声が「裏声」だから、他のオペラ歌手たちとの異質感はどうしても生じてしまう。
映画館では、慣れてしまえばそれでいいが、実際のMETの劇場空間ではどのように彼らの「裏声」が聴こえたんだろうか?
現代では叶わないことだろうけど、カストラートだったら、どんな表現になっていたんだろう・・・などと想像もしてしまった。
(もっとも、バロック時代のカストラートだったら、細かい演技などはしなかっただろうけどね)
ロデリンダとベルタリドの息子フラヴィオを演じた少年(歌はなく、黙役)が、王子らしい気品とあどけなさのバランスが良くBravo!
ベルタリドの妹で、婚約者から振られ続けるエディージェを演じたのは、ワーグナー「指輪チクルス」のフリッカ役、その巨大な存在感で圧倒しているステファニー・プライズ。巨大な体型が、正直はじめのうちは滑稽にも見えたが、「歌のドラマ表現」は流石に素晴らしく、可憐な女心も見えてきてBrava!でした。
そうそう、ヘンデルの音楽をドラマチックに指揮した、バロック音楽のスペシャリスト、ハリー・ビケットにもBravo!
・・・といっても、映画館での鑑賞だけど。
■METライブビューイング「ロデリンダ」
[2012年1月10日(火) 新宿ピカデリー]
バロック・オペラというと、曲調も全編バロック音楽だし(当たり前だ!)、何度も同じことばかり歌うし、そのお陰で長いし・・・で、あまり積極的に接してはこなかった。
この「ロデリンダ」も「どうかなぁ・・・?」と思っていたが、METの“女王”ルネ・フレミングが大切にしているらしい演目ということなので、映画館に足を運んだ次第。
・・・で、観終わっての感想だけど、
何よりも演出が素晴らしい!
演出は、スティーヴン・ワズワース。
この人、インタヴューでも言っていたが、18世紀大好き人間らしく、バロック・オペラに対する愛情の深さと知識の豊かさが画面を観ていても感じられる。
舞台は、イタリア半島北部ロンバルド、つまりミラノの宮廷。
ロンバルディアあたりでよく見かける城の塔や中庭が忠実に再現されている。
そして、宮廷内の図書室や裏庭、馬小屋などが左右にスライドされていく。
舞台転換がスムーズで各場の空間的な関連が解りやすく、音楽を途切れさせることもない。
舞台袖が広いMETの舞台機構を存分に駆使したアイディアだ。
美術のデザインは、いわゆる等身大。
誇張や抽象化は一切ない。
大勢の人間が仕事をしている宮廷らしく、衛兵が横切ったり、庭師が花の手入れをしたり・・・、と助演の使い方・動かし方も「動く舞台美術」となっていて効果的だ。
その中で、バロック・オペラ特有の「歌」が、技巧を駆使して歌われていく。
歌詞を文字化すると少しのことしか言っていない、いわゆる「ダ・カーポ・アリア」なのだが、装飾音の付け方や演技がきちんと演出されているので、単なる「繰り返し」に終わらず、感情の変化が自然と客席に伝わり、ドラマとして「歌」が成立している。
この演出家、大した力量だし、それに応えて歌い演じた歌手たちも見事!
おかげで「バロック・オペラってこういう面白さがあるんだ」と、
遅ればせながら認識させられた次第。
王妃ロデリンダの夫で王位を略奪されていた元王べルタリドを演じたアンドレアス・ショルと、その忠実な腹心ウヌルフォを演じたイェスティン・デイヴィィーズは、カウンターテナー。
ヘンデルの時代には、カストラートが歌い演じた役だが、カウンターテナーだと発声が「裏声」だから、他のオペラ歌手たちとの異質感はどうしても生じてしまう。
映画館では、慣れてしまえばそれでいいが、実際のMETの劇場空間ではどのように彼らの「裏声」が聴こえたんだろうか?
現代では叶わないことだろうけど、カストラートだったら、どんな表現になっていたんだろう・・・などと想像もしてしまった。
(もっとも、バロック時代のカストラートだったら、細かい演技などはしなかっただろうけどね)
ロデリンダとベルタリドの息子フラヴィオを演じた少年(歌はなく、黙役)が、王子らしい気品とあどけなさのバランスが良くBravo!
ベルタリドの妹で、婚約者から振られ続けるエディージェを演じたのは、ワーグナー「指輪チクルス」のフリッカ役、その巨大な存在感で圧倒しているステファニー・プライズ。巨大な体型が、正直はじめのうちは滑稽にも見えたが、「歌のドラマ表現」は流石に素晴らしく、可憐な女心も見えてきてBrava!でした。
そうそう、ヘンデルの音楽をドラマチックに指揮した、バロック音楽のスペシャリスト、ハリー・ビケットにもBravo!
2012年1月8日日曜日
大好きなチェコ物で新年スタート!
暮れはポーランド生まれの“爺さん”の振る第九で感動したところだが、
新年はチェコの“爺さん”でコンサート始めとなった。
(“爺さん”好きにとってはたまらない年末年始である!)
■ラドミル・エリシュカ指揮、N響オーチャード定期
[2012年1月8日(日) Bunkamuraオーチャードホール]
曲目は、チェコのお国物プログラム。
スメタナ:「売られた花嫁」序曲
スーク:組曲「おとぎ話」
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界から」
ラドミル・エリシュカはここ数年、
日本での評価と人気が急激に高まっているマエストロ。
実は小生も、札幌や大阪まで足を運んで、老マエストロのドヴォルザークやヤナーチェクに感動してきた手合いの一人・・・。
今回も新年の幕開けに真っ先に選んだのが、この演奏会というわけ。
エリシュカの指揮ぶりを今回あらためてじっくり観察したが、
その「拍」の正確さにびっくり。
建物でいえば「土台がしっかりしている」
絵画でいえば「デッサン力があり、構図がしっかりしている」
・・・とでもいうのだろうか。
とにかく、拍の取り方が明確で、変なブレがない。
よく音楽を指揮してるんだか、音楽に指揮されてるんだかわからない指揮者がいるが、
マエストロ・エリシュカはそんなことはない。
今が何拍目かはっきりわかるのである。
その上で、テンポの変わり目や緩急の指示を明確に出す。
だから、音楽が緩むことなく、作曲家が意図した響きと推進力でドラマが進行していくのだ。
80歳を超えて(1931年生まれというから、今年で81歳)、
この矍鑠ぶりに感服!
そして、その堅牢な音楽からは、チェコの風景や人々の暮らしぶりなど、
「民族性」が心地よい温もりをもって聴く者の心に響いてくる。
2曲目のスーク作曲「おとぎ話」など、
4楽章形式の交響曲風な構成の中で、
ボヘミアの森や草原、古城などが目に浮かぶような名演だった。
そして、メインの「新世界交響曲」は、
この超名曲の、まさにお手本となるような指揮ぶり。
そして、ドヴォルザークへの限りない愛情と共感、
チェコ音楽を演奏する誇り、のようなものが感じられた。
大喝采のBravo!と拍手に応えて、
ドヴォルザークのスラヴ舞曲から第10番「マズルカ」が
お年玉としてプレゼント。
2012年の幕開けを祝うにふさわしい、
幸福感に満ちた素晴らしい演奏会だった!
Bravissimo!!
新年はチェコの“爺さん”でコンサート始めとなった。
(“爺さん”好きにとってはたまらない年末年始である!)
■ラドミル・エリシュカ指揮、N響オーチャード定期
[2012年1月8日(日) Bunkamuraオーチャードホール]
曲目は、チェコのお国物プログラム。
スメタナ:「売られた花嫁」序曲
スーク:組曲「おとぎ話」
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界から」
ラドミル・エリシュカはここ数年、
日本での評価と人気が急激に高まっているマエストロ。
実は小生も、札幌や大阪まで足を運んで、老マエストロのドヴォルザークやヤナーチェクに感動してきた手合いの一人・・・。
今回も新年の幕開けに真っ先に選んだのが、この演奏会というわけ。
エリシュカの指揮ぶりを今回あらためてじっくり観察したが、
その「拍」の正確さにびっくり。
建物でいえば「土台がしっかりしている」
絵画でいえば「デッサン力があり、構図がしっかりしている」
・・・とでもいうのだろうか。
とにかく、拍の取り方が明確で、変なブレがない。
よく音楽を指揮してるんだか、音楽に指揮されてるんだかわからない指揮者がいるが、
マエストロ・エリシュカはそんなことはない。
今が何拍目かはっきりわかるのである。
その上で、テンポの変わり目や緩急の指示を明確に出す。
だから、音楽が緩むことなく、作曲家が意図した響きと推進力でドラマが進行していくのだ。
80歳を超えて(1931年生まれというから、今年で81歳)、
この矍鑠ぶりに感服!
そして、その堅牢な音楽からは、チェコの風景や人々の暮らしぶりなど、
「民族性」が心地よい温もりをもって聴く者の心に響いてくる。
2曲目のスーク作曲「おとぎ話」など、
4楽章形式の交響曲風な構成の中で、
ボヘミアの森や草原、古城などが目に浮かぶような名演だった。
そして、メインの「新世界交響曲」は、
この超名曲の、まさにお手本となるような指揮ぶり。
そして、ドヴォルザークへの限りない愛情と共感、
チェコ音楽を演奏する誇り、のようなものが感じられた。
大喝采のBravo!と拍手に応えて、
ドヴォルザークのスラヴ舞曲から第10番「マズルカ」が
お年玉としてプレゼント。
2012年の幕開けを祝うにふさわしい、
幸福感に満ちた素晴らしい演奏会だった!
Bravissimo!!
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