2011年11月28日月曜日

METライブビューイング「ジークフリート」

ロベール・ルパージュ演出によるMETの指輪チクルス。
「ジークフリート」を見る。

この新演出シリーズの特徴である巨大な舞台装置にも、
ある意味、慣れた。
この「ジークフリート」は、
慣れた分だけ、マシンに圧倒されることなく、
恐れを知らぬ青年ジークフリートのドラマに集中することができた。

ジークフリート役は、ギャリー・レイマンが病気で降板し、
テキサス生まれのジェイ・ハンター・モリスが大抜擢されてデビュー。
若々しくて、声に張りと力強さがあり、森の中で鍛冶屋のミーメに男手一つで育てられた青年ジークフリートの若さと荒々しさ、申し分なし。
ワーグナー歌手っていうと、とかくオッサンやオバサンばかりで、
見た目の「若さ」や「体の張り具合」を「変換」しながら鑑賞しないと、
ドラマがわからなくなってしまう場合が多いが、
このテキサス出の若手テノールは、外見も声の艶もBravo!

見た目の点では、
ジークフリートが生まれた頃から「18年間」も炎の山で眠りについていたデボラ・ヴォイト演じるブリュンヒルデとの対比も納得。
ジークフリートにとっては、18歳年上の「年増女」だもんね。
大人の女とティーンエイジャーの若者との声の競演も見事でした。

ミーメを演じ歌ったゲルハルド・ジーゲルにも拍手。
粗暴なジークフリートに手こずりながらの芝居が、この神話劇に何とも人間臭く面白い家族ドラマの要素を加えて、アクセントになっていた。

森の小鳥を舞台裏で歌っていたのは、
「ドン・ジョヴァンニ」でツェルリーナを演じていたモイツァ・エルドマン。
男くさい神話劇の中で、可憐なソプラノの声が一服の清涼剤。

それにしても、こんなに長大で強力な音楽劇にほとんど出ずっぱりで歌いきるジークフリート歌手というのは、本当に超人的としか言いようがない。
体の内部の筋肉はどんなになっているのだろう・・・。

指揮は、ファビオ・ルイージ。
緊張感ある音楽づくりでお見事でした!

2011年11月25日金曜日

METライブビューイング「ドン・ジョヴァンニ」

METライブビューイング2011-2012シーズンが始まっている。
第1作目、ネトレプコ主演の「アンナ・ボレーナ」は日程の都合がつかずパス。
そのうち、アンコール上映かNHK-BSでの放映があるだろう・・・。

というわけで、この「ドン・ジョヴァンニ」で個人的にはシーズン開幕。

この世は醜く汚いけれど・・・ワクワクしてちっとも飽きない。
天国は穏やかで安らかかもしれないけれど・・・退屈。
ドン・ジョヴァンニもモーツァルトも、そんなふうに感じてたんじゃないかな。

ドンナ・アンナ&ドン・オッターヴィオ
一年喪に服してからと結婚したとしても、
善良なだけのドン・オッターヴィオの暮らしに、
ドンナ・アンナが悦びを見出せるだろうか・・・退屈だよ。

ドンナ・エルヴィーラ
修道院に入るって・・・?それしかないよね。
最後の男と期待したドン・ジョヴァンニをモノにできなかったんだから。

ツェルリーナ&マゼット
労働に明け暮れる農村での生活。
子供をたくさん作って、純朴に暮らすのが一番かもね。

レポレッロ
ドン・ジョヴァンニには腹が立つけれど、
彼以上に刺激的で魅力にあふれた主人なんか、
どの酒場を探したって見つからないよ。

ラストの六重唱を聴いていると、いつもそんなことを感じてしまう。
それまでも波瀾万丈で破天荒なドラマに比べて、
宗教曲みたいだし、演技の仕様もないもんね。
ただ、歌い終わって舞台奥に向かって退場する幕切れは、
6人6様「別の道」を歩んでほしかったな。

順序が逆になったが、
ドン・ジョヴァンニの地獄落ち。
本火とスモークを多用して派手な演出。
このくらい大がかりにやってくれないと納得しないよな。
さすがMET。
大いに納得させられる演出効果でした。

出演者では・・・

ドン・ジョヴァンニのマリウシュ・クヴィエチェン、
動きが軽く、細かい演技も見事。
見た目にも色気と悪の要素がバランス良く格好いい。
Bravo!

ドンナ・アンナは、マリーナ・レベッカ。
ドンナ・エルヴィーラは、バルバラ・フリットリ。
ツァルリーナは、モイツァ・エルドマン。
三者三様、年齢や境遇、品格の違いが出ていて納得。
ドンナ・アンナとドンナ・エルヴィーラなんか、
どっちがどっちだかわからなくなる時があるもんね。
ツェルリーナは、上流階級に「見えない」ところがいい。

レポレッロのルカ・ピザローニ、
体が大きく、生活力ありそう。
ドン・ジョヴァンニとの丁々発止の演技が見事。Bravo!

騎士長のステファン・コツァン、
押し出し堂々としてBravo!

マゼットのジョシュア・ブルームは、
もう少し田舎っぽいほうが良かったかな。

ドン・オッターヴィオのラモン・ヴァルガス、
「人はいいんだけれど役に立たない」情けなさ?がBravo!

演出はマイケル・グランデージによる新演出。
変な読み替えもなくオーソドックスな舞台づくりだが、
人物の造形が丁寧で見ていてストレスや違和感を感じないのがいい。
METらしい見事な舞台だった。

指揮はファビオ・ルイージ。
NYに新居を構えたそうで、いよいよMETが本拠地になるようだ。

2011年11月16日水曜日

代役でガサガサのドヴォルザーク

■ネーメ・ヤルヴィ指揮、N響第1713回定期
[2011年11月16日(水) サントリーホール]

いやはや、この演奏会・・・
イルジ・コウトの指揮でお国物のドヴォルザークが聴けるとあって楽しみにしていたのでが、
「怪我の治療」とかで来日キャンセル。
(本当か???プラハの町なかには、コウト指揮の演奏会のポスターが貼ってあったぞ・・・)

・・・で、代役に来日したのが、ネーメ・ヤルヴィ。
ヤリヴィ家の親爺さんだ。

プログラムは、そのまんま引き継いで、
  ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集op.46から第1番
  ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
  ドヴォルザーク:交響曲第7番

ソリストは、セルゲ・ツィンマーマン。
ゲスト・コンマスは、コンセルトヘボウ管弦楽団のヴェスコ・エシュケナージ。

・・・で、感想はというと・・・
「雑!」のひとこと。

早めのテンポで音楽の推進力を演出したかったのかもしれないが、
ドヴォルザークにしてもベートーヴェンにしても、
「歌心」ってものがちゃんとあるのだよ。
それを無視するかのように、ただ性急に音楽を煽りたてるばかりなもんで、
響きもフレーズもガサガサとささくれ立った感じ。
聴いていて腹が立ってきてしまった。

そもそもN響には「正指揮者」だって「副指揮者」だってちゃんといるではないか。
定期公演に来日できなくなった指揮者をカバーするって発想はないのかね?
円熟の外山雄三マエストロなんか定期からすっかりご無沙汰だし、
若き山田和樹マエストロの定期デヴューなら、さぞ面白かっただろうに・・・。

こういうときのN響の指揮者の人選には、疑問符がいくつあっても足りないくらいだ。