いわゆる「アーリア人」と、「ユダヤ人」を分離し、ユダヤ人によるユダヤ人のためだけの「文化政策」をナチス政権が展開したのだ。
国際社会に対しては、「ナチス・ドイツはユダヤ人を迫害なんかしてませんよ。その文化力を高く評価し、手厚く保護していますよ」というカモフラージュ効果のため。そして、ユダヤ人の多くの芸術家や市民も、いわれのない迫害の中で、この文化活動に生きていくための活力や心の慰めを求めていたという。「強制収容所」や「ホロコースト」といった忌々しい歴史を知っている後世の我々にとってみれば、そんなのナチスのまやかしだ、早くお逃げなさい、ということは容易い。しかし、現在進行形で状況が変化していくドイツ国内にあっては、日々の生活に追われ、国外に亡命することなどかなわなかった人々も多くいたのも事実なのだ。
「交響曲・不滅」
マーティン・ゴールドスミス著(住友進:訳)
2002年 産業編集センター発行
この本は、たまたま図書館で見つけた。
父母が「ユダヤ人文化同盟オーケストラ」の団員だったアメリカ人によるルポルタージュ。
ナチスによって翻弄された両親や祖父母たちの「人生」が解き明かされていき、読み応えがある。
ぎりぎりまで「ドイツに残った」ユダヤ人の言動から、ナチスによる狂気の時代を見ることができる。
それにしても、この本を読みながら、国家による文化政策に潜む「怖ろしさ」がひしひしと伝わってきた。文化とか芸術というものは、国家や民族と切っても切れない関係にあるのも事実。だからこそ、芸術に携わる者は、心して「中立性」や「批評精神」を忘れてはいけないんじゃなかろうか。
御上からの助成金や補助金にばかり頼っている、どこぞの国の現状だって、かなり危険だと思うんだがなぁ・・・。
そうそう、この本、読み応えはあるんだけれど、誤字や誤記が多いのには参った。
ベルリン・フィルが「ベルリン交響楽団」だし・・・・。
文中の曜日だって、あれっ?っていう間違いをしている。
書籍として商品化する前に、もう少し細かくチェックしてほしかったな。
その点だけが残念!


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