■N響Music Tomorrow 2011
[2011年6月28日(火) 東京オペラシティ コンサートホール]
「芸術は爆発だ!」とは、かの岡本太郎の言葉。
この場合の「爆発」とは、なにも奇抜な表現で人を驚かせるってことじゃないんだなぁ。
自分のスタイルと、それを表現する確固たる技術があって、
作品から力強いエネルギーが出ていて、
観た者、聴いた者の心に強烈なメッセージを与え、
世界のマーケットの中で存在を主張する・・・
それを「爆発」と表現したんだなぁ・・・きっと。
N響が年に1回だけ催す、現代音楽のシリーズ、
「Music Tomorrow 2011」に出かけて、
そんな「爆発」する音楽に出会った。
曲は、第59回尾高賞受賞作品、
西村朗作曲、オーケストラのための「蘇幕者」だ。
オーケストラと舞楽の共演という大胆な発想。
舞台中央に、三間四方の舞楽舞台が設えられ、
それを三方から取り囲むようにオーケストラが並ぶ。
指揮台は、舞台後方の少し上手より。
舞台奥に弦楽器と打楽器、下手前に木管、上手前に金管、
という変則的な配置。
大阪の四天王寺などで行われる、
聖徳太子の御霊をまつる法要「聖霊会」の演目「蘇幕者」にインスパイアされた作品。
決して、日本の伝統芸術の西洋的表現ではない。
そこには、力強い音楽の響きと、芸術的メッセージが込められていて、
しかもエンターテイメント性もあるシアターピースになっていた。
45分もかかる「大作」だが、長さを感じさせない面白さ。
こうした作品を創り出した作曲家にBravo!
舞楽の舞人が3人必要なので、上演には制約があるだろうが、
ここらはN響の「親会社」のNHKが世界の放送オーケストラに働きかけて、
舞人と「舞楽」のスタッフだけ派遣して上演させたらどうだろう。
芸術作品に評価を与えたのなら、そのくらいのダイナミックさで紹介し、
世界中で「爆発」させて欲しいものだ。
舞楽の共演は、「天王寺楽所 雅亮会」。
舞人3人のお名前はプログラムに記載がなかったが、
1000年以上の伝統を誇る舞を力強く、きちんと表現し、
視覚的に楽しませてくれた。
彼らにもBravi!
プログラムの前半は、
尾高尚忠の「フルート小協奏曲」と
デュティユーの「コレスポンダンス」。
尾高賞の「原点」である尾高尚忠の作品は、
1947年の作曲というから、今から60年以上も前の「古典」。
軽やかさと様式美の中に、ふと日本的な「音」が感じられたりして、
面白い。
N響首席フルート奏者の神田寛明氏が好演。
デュティユーの作品は、リルケやソルジェニーツィン、ゴッホ、ムカルジー(インドからフランスに渡った人文学者・詩人)の書簡や作品が、ソプラノによって語られ歌われる。
ソプラノは、この曲を世界中で25回も演奏しているという、
バーバラ・ハンニガン。
こういう表現者がいて、繰り返し演奏されるということこそ、
新しい芸術作品には大切なんだ。
こんなに興味深く、面白い演奏会なのに、
客席の入りは今ひとつ。
N響は、昔は3月の定期で故・岩城宏之なんかが、
尾高賞受賞作品に加えて、内外の「現代音楽」をギンギンと紹介して、
ワクワクさせられたものだが、
最近の定期は、保守的&無思想になってしまった。
こういった「現代音楽」のプログラムを開催するのもいいんだが、
「普段の」定期公演のプログラムをもっとラディカルにしてもいいんじゃないかな。
コンセプトさえはっきりとさせられれば、お客だって楽しみにして会場に足を運ぶと思うよ。
N響の演奏活動だって芸術活動。
だったら、おおいに「爆発」しないとね!
そうそう、指揮はパブロ・ヘラス・カサド。
まだ30代半ばの「若手」。
派手さはないが、見事な指揮ぶり。
なかなかの注目株と見た。Bravo!
2011年6月28日火曜日
2011年6月27日月曜日
癒しと励ましの弦楽四重奏
■ライプツィヒ弦楽四重奏団
[2011年6月27日(月) ドイツ文化会館1階ホール]
音楽が素直に心に響き、癒しを施してくれるようなコンサートだった。
ライプツィヒ弦楽四重奏団は、数日間にわたり郡山、気仙沼、仙台など震災の被災地をめぐり、学校や教会、寺などでチャリティコンサートをおこなってくれた。
ドイツ連邦共和国大使館の呼びかけに応じての来日だそうな。
そして、東北地方でのツアーの締めくくりとして、東京・赤坂のドイツ文化会館のホールで一晩のコンサートを開催。
曲目は・・・
ハイドン:弦楽四重奏曲第77番 ハ長調「皇帝」
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第2番 イ短調
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番 イ短調
・・・という重厚で立派なプログラム。
この中で印象的だったのが、メンデルスゾーン。
第一楽章の激しさ、そして終楽章ラストの美しく消え入るような和音。
震災の激動と、美しい山河への想いみたいなものが連想されて、感動的な演奏だった。
そして、何よりも感動的だったのは、
アンコールに演奏された、「夏は来ぬ」と「赤とんぼ」の弦楽四重奏版。
音楽が両国民の友情の証であり、「癒し」と「励まし」になるということが、素直に実感できる感動的な演奏。聴いていて、思わず目頭が熱くなってしまった。
このようなプロジェクトを実施してくれた、ドイツという国と国民に感謝!
そして、ライプツィヒ弦楽四重奏団の皆さんには、心からのBravi!を。
[2011年6月27日(月) ドイツ文化会館1階ホール]
音楽が素直に心に響き、癒しを施してくれるようなコンサートだった。
ライプツィヒ弦楽四重奏団は、数日間にわたり郡山、気仙沼、仙台など震災の被災地をめぐり、学校や教会、寺などでチャリティコンサートをおこなってくれた。
ドイツ連邦共和国大使館の呼びかけに応じての来日だそうな。
そして、東北地方でのツアーの締めくくりとして、東京・赤坂のドイツ文化会館のホールで一晩のコンサートを開催。
曲目は・・・
ハイドン:弦楽四重奏曲第77番 ハ長調「皇帝」
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第2番 イ短調
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番 イ短調
・・・という重厚で立派なプログラム。
この中で印象的だったのが、メンデルスゾーン。
第一楽章の激しさ、そして終楽章ラストの美しく消え入るような和音。
震災の激動と、美しい山河への想いみたいなものが連想されて、感動的な演奏だった。
そして、何よりも感動的だったのは、
アンコールに演奏された、「夏は来ぬ」と「赤とんぼ」の弦楽四重奏版。
音楽が両国民の友情の証であり、「癒し」と「励まし」になるということが、素直に実感できる感動的な演奏。聴いていて、思わず目頭が熱くなってしまった。
このようなプロジェクトを実施してくれた、ドイツという国と国民に感謝!
そして、ライプツィヒ弦楽四重奏団の皆さんには、心からのBravi!を。
2011年6月21日火曜日
人と社会の「業」を描いた井上ひさしの名作
■井上ひさし「雨」
[2011年6月21日(火) 新国立劇場・中劇場]
「人殺し」にも様々なタイプがある。
小悪党が企てを成し遂げるために、目の前の障害を取り払おうと咄嗟に起こしてしまう「殺し」。
社会では充分「犯罪」として罰せられることにはちがいないが、芝居の世界では、当の小悪党ぶりも相俟って「面白い」見世物になる。
もうひとつの「人殺し」は、
組織や社会が、自らの運命共同体を守らんがために集団で起こすもの。
共同体の面々が「嘘」をつき、口裏を合わせ、一人の人間を「死」に追いやる。
そこには、集団ヒステリーのような不気味さがあり、
こちらのほうが「犯罪」として深く重く、
観る者への強烈なメッセージとなる。
新国立劇場で上演されている井上ひさし作の「雨」(栗山民也演出)は、
そんな二つのタイプの「人殺し」を観客に突きつけながら、
人の営みのはかなさ、悲しさを描いた力強い舞台だ。
人と社会の「業」みたいなものが、じわじわと観る者の心に迫ってきた。
山形の紅花問屋の当主になりすます江戸の金物拾いの徳を小気味よい小悪党ぶりで演じた市川亀治郎がBravo!歌舞伎役者だし、和物の身のこなしが板についていて、舞台上の芯になっていて安心して観ていられる。口跡も良く、江戸ことばと方言の「言葉」の効果も面白い。
紅花問屋の器量よしの女房を演じた永作博美もいい。器量と気品、そして終幕の不気味さと悲しさが体全体から発散されていた。
他の出演者もみな好演。
植本潤君が花組芝居の舞台で見せるときの「おきゃん」な感じを出しながらも、大店の番頭を「きちんと」造形していたのにも感心。
井上作品には少々広すぎる劇場空間かなと心配したが、回り舞台をテンポ良く使い、乞食や農民などの「群衆」も充分な数でダイナミックに動かしていた。
幕切れで舞台奥に一面の紅花畑が広がるシーンなどは、感動ものでしたよ。
6月29日(水)まで公演。見るべし!
[2011年6月21日(火) 新国立劇場・中劇場]
「人殺し」にも様々なタイプがある。
小悪党が企てを成し遂げるために、目の前の障害を取り払おうと咄嗟に起こしてしまう「殺し」。
社会では充分「犯罪」として罰せられることにはちがいないが、芝居の世界では、当の小悪党ぶりも相俟って「面白い」見世物になる。
もうひとつの「人殺し」は、
組織や社会が、自らの運命共同体を守らんがために集団で起こすもの。
共同体の面々が「嘘」をつき、口裏を合わせ、一人の人間を「死」に追いやる。
そこには、集団ヒステリーのような不気味さがあり、
こちらのほうが「犯罪」として深く重く、
観る者への強烈なメッセージとなる。
新国立劇場で上演されている井上ひさし作の「雨」(栗山民也演出)は、
そんな二つのタイプの「人殺し」を観客に突きつけながら、
人の営みのはかなさ、悲しさを描いた力強い舞台だ。
人と社会の「業」みたいなものが、じわじわと観る者の心に迫ってきた。
山形の紅花問屋の当主になりすます江戸の金物拾いの徳を小気味よい小悪党ぶりで演じた市川亀治郎がBravo!歌舞伎役者だし、和物の身のこなしが板についていて、舞台上の芯になっていて安心して観ていられる。口跡も良く、江戸ことばと方言の「言葉」の効果も面白い。
紅花問屋の器量よしの女房を演じた永作博美もいい。器量と気品、そして終幕の不気味さと悲しさが体全体から発散されていた。
他の出演者もみな好演。
植本潤君が花組芝居の舞台で見せるときの「おきゃん」な感じを出しながらも、大店の番頭を「きちんと」造形していたのにも感心。
井上作品には少々広すぎる劇場空間かなと心配したが、回り舞台をテンポ良く使い、乞食や農民などの「群衆」も充分な数でダイナミックに動かしていた。
幕切れで舞台奥に一面の紅花畑が広がるシーンなどは、感動ものでしたよ。
6月29日(水)まで公演。見るべし!
2011年6月14日火曜日
巨大舞台機構と人間ドラマの勝利!
■METライブビューイング「ワルキューレ」
[2011年6月14日(火) 新宿ピカデリー]
2010-2011シーズンのMETライブビューイング最後の演目は、
ワーグナーの「ワルキューレ」。
ロベール・ルパージュ演出による『指輪』チクルスの第2弾だ。
現代のオペラ業界で、こんなにもスペクタクルな舞台が実現できるのは、
世界中探してもMETだけだろう。
「マシン」と呼ばれる巨大な装置が、家や森や岩山に変化する。
なんと!三幕冒頭の有名な「ワルキューレの騎行」では8頭の馬にまでなって、
客席(METの・・・)から期せずして称賛のジワがあがっていた。
このシーンだけでも一見の価値あり!Bravo!
歌手のド迫力もBravi!
フリッカを歌ったステファニー・ブライズは存在感が圧巻。
そんなフリッカの前でのブリン・ターフェル演じるヴォータンのオロオロぶりが微笑ましい。
そして、デボラ・ヴォイトのブリュンヒルデが、行動的な娘の雰囲気を醸し出していてBrava!
ヨナス・カウフマンのジークムントとエヴァ=マリア・ヴェストブルックのジークリンデは、
見た目にも双子の兄妹と納得できる姿形で説得力あり。
8人のワルキューレ(女戦士)たちも、容姿ともども粒がそろっていて、馬で戦場を駆け巡る活発な姫君であることがよくわかる。
今回の新演出は、ルパージュ演出のスペクタクルな機構がMETの組織全体にも浸透して、
躍動感のある、長さがちっとも苦にならない舞台仕上がりになっていた。
それにしても、この「ワルキューレ」という作品、
双子の兄妹による近親相姦やら、
夫がどこにいてもその行動をお見通しのこわーい妻やら、
神々の長なのに恐妻家の男やら、
暴力的で野卑な夫やら・・・・
妙に「人間臭い」ドラマだ。
ルパージュ演出は、舞台機構は大胆な手法を取り入れているが、ドラマの読み込みとしては極めてオーソドックスで、変な読み替えは一切なし。だから、ドラマと音楽が無理なく観客に伝わってきて、「人間ドラマ」に奥深さと広がりが出る。
ワーグナーの音楽の流れに、気持ち良く身を浸すことができた。
指揮は、ボストン響音楽監督退任を発表し、MET日本公演もキャンセルしたレヴァイン。
この春は、「ワルキューレ」のプロダクションが彼の最優先事項だったんだろう。
カーテンコールでは舞台に登場せずピットから拍手にこたえていたが、音楽は大きなうねりと豊麗な響きで流石に立派!Brabo!
幕間の特典映像で、レヴァインのMETデヴュー40周年ドキュメンタリーの一部が紹介されていたが、ドミンゴとレヴァインの「オテロ」の稽古風景が印象的。あのドミンゴを相手に出すレヴァインの声楽上のアドヴァイスの的確さ。そして、それを真剣に受け止め、自分のものにしていくドミンゴの素直さ。「一流」の者同士の心の通った音楽づくりの一端が感じられる。これも一見の価値ありですよ。
そうそう、もうひとつ特典映像。
ワーグナーのライトモチーフのことを、METオケの金管セクションが実演&解説するコーナーもあった。編集をしてあるとはいえ、わかりやすい解説で、ちょっとした音楽鑑賞教室みたい。こうしたことが表現できるもの、市民の理解と支持の上に成り立っているアメリカのオーケストラならではのことだろう。日本の音楽家も大いに見習うべし。
[2011年6月14日(火) 新宿ピカデリー]
2010-2011シーズンのMETライブビューイング最後の演目は、
ワーグナーの「ワルキューレ」。
ロベール・ルパージュ演出による『指輪』チクルスの第2弾だ。
現代のオペラ業界で、こんなにもスペクタクルな舞台が実現できるのは、
世界中探してもMETだけだろう。
「マシン」と呼ばれる巨大な装置が、家や森や岩山に変化する。
なんと!三幕冒頭の有名な「ワルキューレの騎行」では8頭の馬にまでなって、
客席(METの・・・)から期せずして称賛のジワがあがっていた。
このシーンだけでも一見の価値あり!Bravo!
歌手のド迫力もBravi!
フリッカを歌ったステファニー・ブライズは存在感が圧巻。
そんなフリッカの前でのブリン・ターフェル演じるヴォータンのオロオロぶりが微笑ましい。
そして、デボラ・ヴォイトのブリュンヒルデが、行動的な娘の雰囲気を醸し出していてBrava!
ヨナス・カウフマンのジークムントとエヴァ=マリア・ヴェストブルックのジークリンデは、
見た目にも双子の兄妹と納得できる姿形で説得力あり。
8人のワルキューレ(女戦士)たちも、容姿ともども粒がそろっていて、馬で戦場を駆け巡る活発な姫君であることがよくわかる。
今回の新演出は、ルパージュ演出のスペクタクルな機構がMETの組織全体にも浸透して、
躍動感のある、長さがちっとも苦にならない舞台仕上がりになっていた。
それにしても、この「ワルキューレ」という作品、
双子の兄妹による近親相姦やら、
夫がどこにいてもその行動をお見通しのこわーい妻やら、
神々の長なのに恐妻家の男やら、
暴力的で野卑な夫やら・・・・
妙に「人間臭い」ドラマだ。
ルパージュ演出は、舞台機構は大胆な手法を取り入れているが、ドラマの読み込みとしては極めてオーソドックスで、変な読み替えは一切なし。だから、ドラマと音楽が無理なく観客に伝わってきて、「人間ドラマ」に奥深さと広がりが出る。
ワーグナーの音楽の流れに、気持ち良く身を浸すことができた。
指揮は、ボストン響音楽監督退任を発表し、MET日本公演もキャンセルしたレヴァイン。
この春は、「ワルキューレ」のプロダクションが彼の最優先事項だったんだろう。
カーテンコールでは舞台に登場せずピットから拍手にこたえていたが、音楽は大きなうねりと豊麗な響きで流石に立派!Brabo!
幕間の特典映像で、レヴァインのMETデヴュー40周年ドキュメンタリーの一部が紹介されていたが、ドミンゴとレヴァインの「オテロ」の稽古風景が印象的。あのドミンゴを相手に出すレヴァインの声楽上のアドヴァイスの的確さ。そして、それを真剣に受け止め、自分のものにしていくドミンゴの素直さ。「一流」の者同士の心の通った音楽づくりの一端が感じられる。これも一見の価値ありですよ。
そうそう、もうひとつ特典映像。
ワーグナーのライトモチーフのことを、METオケの金管セクションが実演&解説するコーナーもあった。編集をしてあるとはいえ、わかりやすい解説で、ちょっとした音楽鑑賞教室みたい。こうしたことが表現できるもの、市民の理解と支持の上に成り立っているアメリカのオーケストラならではのことだろう。日本の音楽家も大いに見習うべし。
2011年6月8日水曜日
アシュケナージのロシア・プロ
■アシュケナージ指揮、N響第1705回定期公演
[2011年6月8日(水) サントリーホール]
昨年6月の超高速マーラーに辟易していたので、
あまり期待はせずに出かけたアシュケナージ指揮のN響定期。
今回のプログラムは・・・
ショスタコーヴィチ:弦楽八重奏のための2つの小品(弦楽合奏版)
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番
(独奏:神尾真由子)
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
というもの。
アシュケナージの「故郷」のロシア物だし、
正直なところ、そんなには悪くなかった。
それにしても、アシュケナージという人、
フレンドリーでいい人なんだろうが、
どうも「威厳」というか「有難味」に欠けるんだなぁ。
それに鼻炎なんだか、演奏中にしょっちゅう左手をジャケットのポケットに入れて、ハンカチを取り出しては洟をかむ。これが、見ていてなんとも目障り。
音楽の流れに対して、視覚的に別の要素が入ってしまい、見ていてどうにも音楽に集中できない。
おまけに、その指揮ぶりは、上腕から肩甲骨のあたりが「硬直」しているようで、ギクシャク、ガチガチ。
それでもオーケストラの人たちは「音楽」を奏でるんだから、ある意味大したもんだ。
・・・・と、そんなことに感心しながら、指揮台上のアシュケナージを観察しいていました。
[2011年6月8日(水) サントリーホール]
昨年6月の超高速マーラーに辟易していたので、
あまり期待はせずに出かけたアシュケナージ指揮のN響定期。
今回のプログラムは・・・
ショスタコーヴィチ:弦楽八重奏のための2つの小品(弦楽合奏版)
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番
(独奏:神尾真由子)
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
というもの。
アシュケナージの「故郷」のロシア物だし、
正直なところ、そんなには悪くなかった。
それにしても、アシュケナージという人、
フレンドリーでいい人なんだろうが、
どうも「威厳」というか「有難味」に欠けるんだなぁ。
それに鼻炎なんだか、演奏中にしょっちゅう左手をジャケットのポケットに入れて、ハンカチを取り出しては洟をかむ。これが、見ていてなんとも目障り。
音楽の流れに対して、視覚的に別の要素が入ってしまい、見ていてどうにも音楽に集中できない。
おまけに、その指揮ぶりは、上腕から肩甲骨のあたりが「硬直」しているようで、ギクシャク、ガチガチ。
それでもオーケストラの人たちは「音楽」を奏でるんだから、ある意味大したもんだ。
・・・・と、そんなことに感心しながら、指揮台上のアシュケナージを観察しいていました。
2011年6月7日火曜日
これぞ現代の歌舞伎芝居
■花組芝居「番町皿屋敷」
[2011年6月7日(火) 座・高円寺]
歌舞伎のもととなっている「かぶく」には、
「かたむく」という意味のほかに、
「いたずらをしたり異様な身なりをしたりして、
放埒にふるまう」(角川・古語辞典より)
という意味がある。
歌舞伎がほとんど博物館的になってしまった今、
「かぶく」という言葉そのままに「放埒な」舞台を創り続けているのが、
加納幸和氏率いる「花組芝居」だ。
今回の上演作品は、
岡本綺堂の「番町皿屋敷」。
いわゆる「いちま~い、にま~い・・・」のアレだが、
原作は、旗本・青山播磨と腰元・お菊の純愛もの。
幽霊は出てこない。
これを「花組芝居」は、原作に忠実に「歌舞伎」的に描き、
その古典世界の中に現代感覚のギャグや遊びを自由奔放に散りばめ、
小気味良いテンポで上演した。
若手劇団員たちの「古典」の表現もなかなかのもの。
しっかりとした技術的訓練がつまれているから、現代的なギャグや遊びで「脱線」しても芝居がダレない。歌舞伎の世界と行ったり来たりするのが、気持ちのいいスピード感で楽しめるのだ。
はっきり言って、楽しめました。
現代の「かぶきもの」たちの楽しい芝居に拍手!
この後、福岡と名古屋での公演もあるというから、
西日本の方はオススメですよ。
特に、福岡では神社の能楽殿での興行だとか。
[2011年6月7日(火) 座・高円寺]
歌舞伎のもととなっている「かぶく」には、
「かたむく」という意味のほかに、
「いたずらをしたり異様な身なりをしたりして、
放埒にふるまう」(角川・古語辞典より)
という意味がある。
歌舞伎がほとんど博物館的になってしまった今、
「かぶく」という言葉そのままに「放埒な」舞台を創り続けているのが、
加納幸和氏率いる「花組芝居」だ。
今回の上演作品は、
岡本綺堂の「番町皿屋敷」。
いわゆる「いちま~い、にま~い・・・」のアレだが、
原作は、旗本・青山播磨と腰元・お菊の純愛もの。
幽霊は出てこない。
これを「花組芝居」は、原作に忠実に「歌舞伎」的に描き、
その古典世界の中に現代感覚のギャグや遊びを自由奔放に散りばめ、
小気味良いテンポで上演した。
若手劇団員たちの「古典」の表現もなかなかのもの。
しっかりとした技術的訓練がつまれているから、現代的なギャグや遊びで「脱線」しても芝居がダレない。歌舞伎の世界と行ったり来たりするのが、気持ちのいいスピード感で楽しめるのだ。
はっきり言って、楽しめました。
現代の「かぶきもの」たちの楽しい芝居に拍手!
この後、福岡と名古屋での公演もあるというから、
西日本の方はオススメですよ。
特に、福岡では神社の能楽殿での興行だとか。
2011年6月4日土曜日
元気の源たる音楽
■洗足学園音楽大学打楽器アンサンブル
[2011年6月4日(土) 洗足学園・前田ホール]
洗足学園音楽大学の「打楽器」は、演奏会活動の盛んなことが特色。
いわゆる「クラシック音楽」のジャンルの中では「後発隊」の打楽器だが、
物を叩いたり擦ったりして音を出すということは
人類の歴史の中で最も古くから行われていたことで、
「音楽」全般の中では一番の「先輩格」。
そんな打楽器の演奏会は、見て聴いて面白いのがいい。
毎年12月に様々なジャンルの打楽器アンサンブルが登場する
「打楽器アンサンブル定期」とは一味違い、
今日の演奏会は「打楽器オーケストラ」の出演。
曲目も、
ヨハン・シュトラウス:「こうもり」序曲
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より
ファリャ:「三角帽子」より
という、楽しいプログラム。
しかも「くるみ割り人形」は、洗足のミュージカルコースの選抜学生によるバレエ付き。
こういう趣向が平気でできるのも、
多彩な教育内容で勝負する、昨今の音楽大学ならではもの。
演奏は、森茂先生の指揮で、若者らしく溌剌としたもの。
音楽が元気の源になるという、いい証のような演奏会。
梅雨の狭間の爽やか土曜日にふさわしい、
気持ちのいい演奏会でした。
Bravi!
[2011年6月4日(土) 洗足学園・前田ホール]
洗足学園音楽大学の「打楽器」は、演奏会活動の盛んなことが特色。
いわゆる「クラシック音楽」のジャンルの中では「後発隊」の打楽器だが、
物を叩いたり擦ったりして音を出すということは
人類の歴史の中で最も古くから行われていたことで、
「音楽」全般の中では一番の「先輩格」。
そんな打楽器の演奏会は、見て聴いて面白いのがいい。
毎年12月に様々なジャンルの打楽器アンサンブルが登場する
「打楽器アンサンブル定期」とは一味違い、
今日の演奏会は「打楽器オーケストラ」の出演。
曲目も、
ヨハン・シュトラウス:「こうもり」序曲
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より
ファリャ:「三角帽子」より
という、楽しいプログラム。
しかも「くるみ割り人形」は、洗足のミュージカルコースの選抜学生によるバレエ付き。
こういう趣向が平気でできるのも、
多彩な教育内容で勝負する、昨今の音楽大学ならではもの。
演奏は、森茂先生の指揮で、若者らしく溌剌としたもの。
音楽が元気の源になるという、いい証のような演奏会。
梅雨の狭間の爽やか土曜日にふさわしい、
気持ちのいい演奏会でした。
Bravi!
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