2010年12月23日木曜日
青春の打楽器
[2010年12月23日(木・祝) 洗足学園・前田ホール]
年末恒例、元気をくれるコンサート。
それがこのコンサート。
洗足学園音大は演奏会活動が盛んだが、その中でもこの「打楽器定期」は、毎回大入り満員の人気シリーズだ。
打楽器は、もともとパフォーマンス性が高い。
物を叩いて音を出す・・・それがリズムとなりメロディーも加わって人の心を揺さぶる・・・聴く人の心に、ある時は強烈に、ある時はさざ波のように自然と伝わっていく。
多彩な打楽器の種類、民族や時代によっても様々な奏法、そして演奏者同志の阿吽の呼吸や躍動感・・・それらのどれもが、見ていて心を打たれる。
今日のプログラムは・・・
・鬼太鼓座で有名になり、和太鼓ブームの先駆けともなった石井眞木の「モノクローム~日本太鼓群と銅鑼のための~」
・マリンバ四重奏で中澤道子「日本の四季」
・ステールパンバンドで2曲
・今年度の委嘱作品、田中利光「Pneuma(息吹き)」
・民族打楽器アンサンブルで、「マシュ・ケ・ナダ」
・マーチングパーカッションで4曲
後半は、大編成の打楽器オーケストラで
・レスピーギ(高橋泰生編曲):「ローマの松」
(アッピア街道のバンダは、金管の替りに小太鼓!パイプオルガンの前に陣取って、こちらに行進してくるようで迫力満点!)
そしてフィナーレに、毎年お馴染みの
西原大樹:「UKOZNES」
なんとも変化に富んだ構成で大いに楽しませてくれた。
この打楽器の演奏会には、打楽器コースの学生たちが一丸となって演奏会を作り上げていくパワーが漲っている。そして、それは最後の「UKOZNES」(これは、洗足のローマ字を逆さにしたものだが、打楽器定期の定番フィナーレ曲みたいなもの)の盛り上がりで最高潮に達する。
この曲の「歌」の部分には、彼らの「青春」の様々な想いが凝縮されているようで、いつも胸が熱くなる。
このコンサートを成功させるために、ともに汗を流した「友」は、明日からは試験に向けての「ライバル」となる。
残酷なまでの現実。
でも、それが現実なのだよ・・・。
そして、また新しい年がやってくる。
2010年12月19日日曜日
仏様の前でバロック音楽に癒される
[2010年12月19日(日) 求道会館]
知り合いのバリトン歌手・春日保人さんが出演するバロック音楽のコンサートに出かけた。
場所は、本郷にある「求道会館」。
こんなところに、こんな立派な建造物があるとは知らなかった。
キリスト教会風の造りだが、仏教系。
正面には六角堂があり、中に仏様がいらっしゃる。
その前に、クラヴサンを置いて演奏。
会場は何とも優しい音がして、気持ち良く音楽に身を委ねることができる。
演奏会のタイトルは・・・
「暖音~バッカスからの招待」
出演は・・・
春日保人(バリトン、フラウト・トラヴェルソ)
玉木祥子(フラウト・トラヴェルソ)
春日万里子(クラヴサン)
春日保人さんは、バリトン歌手であるばかりでなく、リコーダーやフラウト・トラヴェルソも演奏し、いつも多彩なプログラムで楽しませてくれる、素晴らしい才能の持ち主です。
プログラムは、マラン・マレ、フランシス・クープラン、オトテール・ル・ロマン、ジャン=フィリップ・ラモーなど、フランスの宮廷で活躍した作曲家の作品で構成。
第1部のラストには、ルイ・ニコラ・クレランボーのカンタータ「ポリュペモス(一つ目巨人)」からのレシタティフとエール。第2部のフィナーレには、ボワモルティエのカンタータ「四季」より、酒の神バッカスを謳った『秋』。
仏様の前で聴くことを考えると、茶目っ気にあふれた選曲だが、仏様もきっと微笑みながら一緒に楽しんでくださったことだろう。(だいぶ前、秩父のお寺の本堂でコメディア・デラルテを上演したことがあったが、この時も住職さんはとても喜んでくださった。)
滅多に聴く機会のない曲ばかりだったが、心休まる空間に響く、まさに「暖かい音」に癒されながら、楽しいひと時を過ごすことができた。
こういう音楽会もいいもんだ。
2010年12月17日金曜日
「反音楽史」

2010年12月15日水曜日
暗く重い音楽と対話するには・・・
[2010年12月15日(水) サントリーホール]
ショスタコーヴィチの交響曲第8番というのは、何とも暗く、重く、解放感のない曲なんだろう。第二次大戦のスターリングラードでの独ソ戦のさなかに作曲されたという。厳しく辛い戦争の空気を反映してか、なんともいえない悲愴感が曲の全体を占めている。時代や民族の証人としての音楽は、芸術作品の存在理由として重要であるが・・・・やはり、それを客席で鑑賞するとなると、正直言って「楽しい」体験ではなく、精神的にかなりきつい負荷をかけられたような重たい気分。
音楽会に出かけるということは、何も「楽しみ」や「悦び」だけを求めているわけではないのは百も承知だが、やっぱり、どこか「スカッ」とした気になったり、深い感動を味わったりしたいものである。
そういう点では、終演後、晴れやかな顔にはならず、重い気分でホールを後にせざるを得なかった。
演奏は、デュトワの指揮で素晴らしかったけれど・・・。
こういう芸術作品と「生」の現場で直接向き合わなければならない、ということの「意味」を少し時間をかけて考えてみたい・・・。
プログラムは、前半にピエール・ロラン・エマールのピアノ独奏で、ラヴェルのピアノ協奏曲。こちらも、後半のショスタコーヴィッチの影響を受けたのか、「華麗」というよりは、どこか翳りのある「燻し銀」のような響き。別の言い方をすれば、大人のラヴェルだった。
ソロ・アンコールで披露されたのは、リゲティの「ムジカ・リテルカーナ第1番」という曲。何だか蒸気機関車の発車から速度アップの様子を表しているみたいで、面白い小品だった。
2010年12月11日土曜日
音大オケフェス・最終日
東京音楽大学+東京藝術大学
[2010年12月11日(土) 東京芸術劇場・大ホール]
音大オケ・フェスの最終日は、満員札止めの盛況。
音大生たちのオーケストラ演奏に期待してくださるお客様たちで、客席はいっぱい。
やはり、大入りの公演というものは、企画運営に携わっている一員としても気持ちのいいものである。
プログラムは、東京音大が三石精一氏の指揮で、ドヴォルジャークの新世界交響曲。
東京藝大が、ダグラス・ポストック氏の指揮で、エルガーの「エニグマ」変奏曲。
そして、今回は両校が合同オケを編成して、ボストック指揮で、レスピーギの「ローマの祭」を演奏するという豪華版。
東京音大は、大ヴェテラン・三石マエストロのエネルギッシュな指揮に導かれ、「新世界」を伸び伸びと演奏。特に、ホルンが安定感のある素晴らしい演奏をしていたのには驚いた。
藝大は、イギリス人指揮者ボストック氏によるお国物・エルガー。この変奏曲の各曲のニュアンスの違いがよくわかる、とても丁寧な演奏だった。
そして、最後の大編成「ローマの祭」も、見事なもの。大喝采を浴びていた。
終演後は、ロビーで交流会。
椅子を並べて演奏し合った両校の学生さんたちの話の輪が、そこここに広がって盛り上がっていました。
これで、今年度の8大学、2校ずつの競演による演奏会シリーズは無事終了。
いよいよ、来年3月には、「史上初!」とチラシにも銘打ってあるように、8大学合同のオーケストラによる演奏会が、池袋と川崎で催されます。こちらも、乞うご期待!
2010年12月7日火曜日
懐かしのメノッティ
[2010年12月7日(火) 四谷区民ホール]
師走の一夜、二期会のメンバーで構成される「二期会マイスタージンガー」の演奏会に出かけた。第一部は、ジャン・カルロ・メノッティ台本&作曲によるオペラ「アマールと夜の訪問者」。第二部がミュージカルやオペラの名曲とクリスマス・ソングで構成。
メノッティというと、はるか昔、クラシックのコンサート通いを始めた頃、メノッティ自身が来日して「領事」、「電話」&「霊媒」の3作を演出・上演するという「メノッティ・フェスティバル」なる催しがあって、「領事」公演の方に出かけたことがある。当時は、メノッティなんて作曲者のことは全然知らなかったが、まだ来日演奏家の数もそんなに多くなかった頃のこと、作曲者自身が来て自作を演出する、ということにピーンと反応したものだ。
高校の図書館の限られた資料の中からメノッティのことを調べ、わくわくしながら早めに会場の東京文化会館へ。4階席で一生懸命パンフレットの解説を読んでいると、やがて開演5分前のベル。下の客席を見て愕然とした。客がいない!不入りというかガラガラというか・・・・客がまばらなのだ。これには正直言って大ショックだった。
作曲者自身が来日ってことは、言ってみれば「現代音楽」。それも、今ほどオペラの聴衆も多くない。主催者も大変だったのだろう。因みに、藤原歌劇団の公演でした。
「領事」は、東西冷戦時代、体制の中での市民の悲劇を描いた暗いドラマだが、「アマール~」は東方三賢人の旅の途中の一夜、貧しい母子に起こった奇跡を描いた、心温まるクリスマス物オペラ。子供向きにテレビ・オペラとして作曲された。音楽はどれも耳に心地よいメロディにあふれ、聴きやすい。メノッティという人、さすがイタリア人らしく、音楽の土台に「歌」がしっかりとあるのだろう。
今回の公演は、小規模なホールで、簡単な道具と簡素な照明、ピアノ伴奏での上演だった。作品の規模も舞台装置も小規模なだけに、演出面でしっかりとした練り込み作業をして(・・・つまり、演出家をきちんと立てて)上演したら、もっと感動的な舞台になったのに、と思った。足の悪いアマール少年に奇跡が起こる瞬間なんか、このオペラのクライマックスなのだから・・・・。
2010年12月6日月曜日
宮古島の「歌」
[2010年12月4日(土) 法政大学・薩埵ホール]
沖縄は芸能の宝庫、と言われている。
そして、それらの多くは、神事と深い関係がある。いや、神事そのものといった方がいいかもしれない。
機能化した都会生活とは違った時間の流れや生活が、そこにはあるのだろう。
沖縄の島々の中でも、あまり聴く機会のない宮古島の「神歌」と「古謡」を紹介してくれる催しがあったので、出かけてみた。
本来、信仰の中で行われる芸能や民俗芸能といわれるものを舞台芸能として鑑賞すると、どこか物足りなさを感じてしまうことが多いのだが、宮古島の「おばあ」たちが歌う神歌や古謡には、芸能本来が持っている「強さ」みたいなものがあって、心地よい時間を体験できた。
ただ、いかんせん、言葉が全然わからない。
おばあたちの歌に感動した企画者の熱い気持ちはわかるけれど、歌詞や神事の内容などの鑑賞に必要な情報や、なぜ素晴らしいか・貴重なのか、などをもう少し理論的に聴衆に伝えて欲しかったかな。
2010年12月5日日曜日
音大オケフェス・3日目
武蔵野音楽大学+国立音楽大学
[2010年12月5日(日) ミューザ川崎シンフォニーホール]
音大オケフェスの3日目は、武蔵野音大と国立音大の競演。
しかも、どちらもブラームス。
武蔵野音大が合唱団も入れて、黒岩英臣氏の指揮で「ドイツ・レクイエム」(抜粋)。
国立音大が、梅田俊明氏の指揮で交響曲第2番。
こういうプログラムが楽しめるのも、このフェスティバルならではの面白みだ。
演奏は、どちらも誠実・丁寧にブラームスの楽曲に取り組んでいる姿が感じられ、好感がもてる。正直なところ、若者らしくもっと力強さとか躍動感、エネルギーみたいなものがほしいかな、という感じもなくはなかったが、曲が曲だけに、そんなに勝手にはじけるわけにもいかないのだろう。一にも二にも、真摯な姿勢で取り組んでいた。
それに、こういう曲は、勢いだけで押しまくってサマになる曲ではないだけに、難しさもひとしおだろう。
どちらも、曲が始まったときは、いくぶん緊張気味だったが、だんだんとホールの響きにも慣れてきて、最後はアンサンブルの厚みや盛り上がりも充分。客席からも盛大な拍手が贈られていた。
さて、次回12/11(土)は東京芸術劇場で東京音楽大学と東京藝術大学の競演。両大学の合同による、レスピーギ「ローマの祭り」の演奏もあるのでお楽しみに!
MET3本目にしてやっとイタリア物
[2010年12月4日(日) 新宿ピカデリー]
METのライブビューイング2010-2011シーズンの3本目は、ドニゼッティ作曲の喜劇「ドン・パスクワーレ」。ドイツ物(しかもワーグナー!)、ロシア物(しかもムソルグスキー!)と、正直言って胃にもたれそうな重量級路線が続いたので、体の方がイタリア物の「歌」や「躍動感」を欲していたという感じ。本当に楽しみにしていた演目だ。
オットー・シェンクの演出は、主要登場人物4人(金持ちドン・パスクワーレ、その息子エスネスト、医者マラテスタ、美しい未亡人ノリーナ)を活き活きと動かすばかりでなく、ローマの下町の雰囲気をセットや紗幕でも効果的に舞台に表し、召使いや町の人々の合唱団の人数で「都会」の活力まで表していて素晴らしい。
キャストでは、ノリーナ役のアンナ・ネトレプコが、奔放な女性をのびのびと演じ歌って、楽しい。
ドン・パスクワーレ役のジョン・デル・カルロは、姿形からして喜劇の主人公。周囲に翻弄される金持ち老人ぶりが見事。
本来のコメディア・デラルテなら、ご主人さまたちの恋愛騒動に加担するのは召使いの役目だが、このオペラでは医者、つまりドットーレのマラテスタが一人でいろいろ画策する。演じるのは、黒い丸眼鏡をかけた怪しげなマリウシュ・グヴィエチェン。
ドン・パスクレーレ家の3人のしょうもない召使いを演じた助演や、ノリーナの命令で集められた使用人や出入り商人などの町の衆の合唱団が、活き活きとしていて何とも見事。
そして何よりも、素直に楽しめるイタリア・オペラの歌や音楽の生命力に改めて感動。
やっぱりイタリアはいいなぁ・・・。
