■テアトル・エコー「日本人のへそ」
[2010年9月21日(火) 恵比寿・エコー劇場]
井上ひさしが劇作家としての第一歩を踏み出した作品、「日本人のへそ」がテアトル・エコーで上演されるというので、恵比寿のエコー劇場まで出かけた。
作家の急逝により図らずも「追悼公演」となってしまい、チケットは早々と完売。
興行界において、「追悼」ほど強力な宣伝効果はないのだなと痛感。
「劇作家としての第一歩」と書いたが、NHKの「ひょっこりひょうたん島」の台本作者をしていた井上ひさし氏に、海賊トラヒゲの声を吹き込んでいた熊倉一雄氏が芝居の執筆を依頼したというのが本作および「劇作家・井上ひさし」の誕生というわけ。
執筆を依頼し、初演でも演出・出演した熊倉一雄氏が今回も演出。
きっとこの作品に特別な思い入れをお持ちなのだろう・・・。あまり奇抜な演出はせず、井上作品がストレートに展開されていく。
それによって、井上ひさし芝居のエッセンスが、良くも悪くも処女作の中に見られるのがよ~くわかった。
つまり、一幕は奇抜な設定や言葉遊びでテンポ良く面白いのに、二幕になるとドラマをなんとか収束しなければならなくなって、芝居のペースが落ち、あえて言えばご都合主義に陥ってしまう傾向がある。執筆が遅く、自ら「遅筆堂」などと称していた井上ひさし氏。一幕は筆の勢いが感じられるものの、二幕ではさっぱり筆の勢いが感じられないのだ。一幕はミュージカル仕立てなのに、二幕では当然のことながら曲を付ける時間的余裕がなかったものとみられ、音楽は無し。(音楽は服部公一氏)
一幕と二幕のバランスがどうも悪いのだ。
これは他の井上作品でも感じたことがあり、ああ処女作から変わらなかったんだ、と変に感心してしまった次第。
それともう一つ。
井上ひさしという作家は、劇作家というより、小説家・文学者だったんじゃないだろうか。
出版されている文庫本などで読む「以上」の劇的感興が、舞台から感じられないのだ。
これは演出や役者の側の責任かもしれないが、案外、井上作品が本質的に持っている「文学性」に原因があるのかもしれない。
とにもかくにも、現代日本の演劇史の中でひとつのエポックを残した井上ひさしの「原点」に触れることのできる貴重な観劇体験でした。
テアトル・エコーHP
http://www.t-echo.co.jp/

0 件のコメント:
コメントを投稿