2010年8月29日日曜日

映画「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」

今年の夏は異常に暑い!
こうも猛暑日が続くと、とてもコンサートなどに出かける気分になどなれない。
それに、「クラシック音楽」というジャンルの大半は、「炎天下」とか「汗」とかと「同居」しにくいもののようだ。

というわけで、ブログの更新も久方ぶりとなってしまいました。

8月上旬に佐渡裕指揮の「キャンディード」を観て以降、接した舞台芸術は知人のお嬢さんのピアノ演奏会とMETライブビューイングのアンコール上映で「清教徒」のみ。

そうそう、先日「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」という映画を観に行った。

これ、“アート・マネジメント映画”とでも呼びたくなるような映画。
美術館の改修工事を追ったドキュメンタリーなんだが、「改修」の方は、設計コンペが済んでいるにもかかわらず、地元サイクリスト協会が自転車用通路を現状通り確保しろと横やりを入れてきたり、研究棟の高層建築がどんどん低くなっていったり・・・と騒動の連続。挙句の果てに、工期はどんどん伸びるし、館長は嫌気がさして辞任してしまうし。今もって美術館は閉館中・・・というもの。

なぜ“アート・マネジメント映画”かというと、日本とオランダの違いはあるにせよ、公共施設が陥りがちな滑稽極まりないゴタゴタの要素が見事に描かれているから。
オランダの公立文化施設とお役所の「仕事ぶり」を見て、「日本はあんなんじゃない」などと笑うことなかれ。日本だって同じような芽があったり、あるいは、整然と進む「民主的手続き」に市民や芸術愛好者の意向とかけ離れた官僚主義があったり・・・・いろいろなことを考えさせられてしまうのです。

この映画、観て楽しかったかというと・・・舞台芸術と美術の違いこそあれ、公立の文化施設に関わったことのある身としては、いろいろと不愉快なことが思い出されてしまい、決して楽しいものではありませんでした。
でも!
こんなドキュメンタリー映画の撮影を許可したということは、オランダという国はご立派!
日本だったら、「うまく行ってること」しか撮影させないんだろうなぁ・・・。

オランダという国に行ってみたくなってきた。

2010年8月8日日曜日

キャンディードの遍歴はアメリカそのもの

■佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2010「キャンディード」
[2010年8月7日(土) Bunkamuraオーチャードホール]

大好きな「キャンディード」の素晴らしいプロダクションに、一年のうちに二度も出会えるとは!
(もう一度は、6月の帝劇、ジョン・ケアード版ね)

バーンスタインの名作を「最後の愛弟子」佐渡裕が指揮。
兵庫芸術文化センターの芸術監督として開館5周年を記念しての事業の東京公演だ。
演出はロバート・カーセン。2006年パリのシャトレ劇場で制作された舞台。

舞台装置は巨大なテレビ。それも60年代の丸みを帯びたブラウン管テレビだ。
序曲の間、「良きアメリカ」の幸せな家庭風景やケネディ大統領の映像が映し出される。
もうこれだけで、胸がジーンとしてきてしまう。効果抜群!

ロバート・カーセンの演出は、キャンディードの遍歴をアメリカに置き換えて描いている。
「この世界は、あらゆる可能性の中で最善に造られている」という、バングロス博士が唱える例の最善説。アメリカという国が国際社会の中で無邪気に存在している間は、幸福感に浸っていられたかもしれないが、やがて矛盾や衝突が生じ、それでも最善なのだ、と言い張り続ける・・・・。戦後のアメリカ合衆国という国(あるいは「アメリカ文化」といってもいいかもしれないが・・・)がたどった道そのもののように演出されている。

ウェストファリアの男爵家はホワイトハウスだし、クネゴンデはマリリン・モンロー。
船の遭難はタイタニック号を連想させるし、キャンディードが絞首刑にあう場面はマッカーシーによる「赤狩り」だ。
マクシミリアンと再会する新大陸は、モルモン教徒の多いことで知られるユタ州のソルトレイクシティ。
油田で有名なテキサスや、ハワイも出てくる。
放浪の果てにたどりついたヴェネツィアは、ラスベガスのカジノだ。

ロバート・カーセンが徹底してアメリカの戦後史と絡めて演出したことで、「キャンディード」の奇想天外なストーリーが現実味を帯びて観る者の心にメッセージを発信してくる。
これこそ、「演出」というものだろう。

フィナーレの「僕らの畑を耕そう Make Our Garden Grow」では、様々な環境破壊の映像の後に、地球の映像が大写し。ヒューマニスト・バーンスタインも納得するであろう素直なメッセージで締めくくられた。

ソリストは、オペラ畑の人もいればミュージカル畑の人もいて、全員ワイヤレスマイクを使って拡声していたが、そんなこと全然気にならず、オーケストラや合唱、舞台美術や劇場空間とのバランスも良く、音楽に込められたメッセージがストレスなく客席に届いていた。
このキャスティングと音響処理は大正解である!

「平和」について何かと考えさせられる機会の多いこの時期、このような「キャンディード」の舞台に接することができBravo!でした。

2010年8月7日土曜日

ショパンの音

■クラシカル・プレイヤーズ東京 演奏会
[2010年8月6日(金) 東京芸術劇場]

有田正広率いる「クラシカル・プレイヤーズ東京」の演奏会に出かける。
この日のメインは、ショパン時代の楽器でショパン自身も愛用したといわれる「プレイエル」のピアノを使用してのショパンの「ピアノ協奏曲第1番」。ソリストは仲道郁代。

単に独奏楽器がショパン時代のものというだけでなく、オーケストラの方も、ピアノとかぶる部分はtuttiではなく各パートのsoloだけでコンチェルト・グロッソ風に演奏するという「凝りよう」。

いつもは華やかに響き渡るショパンのコンチェルトが、作曲された当時を彷彿とさせるサロン風で内省的な響きとなって繰り広げられていく。
ああ、ショパンはこういう音を聴きながら、音楽を作っていたんあなぁ・・・。
ショパン・イヤーに相応しい、面白い音楽体験でした。

他には、ヴィヴァルディの「四季」から『夏』、モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲と交響曲第40番の第一楽章、それにベートーヴェンの響曲第7番の第一楽章という名曲つまみ食いプログラム。
基本的にはこういうプロはあまり好きじゃないのだが、この暑い夏の真っ盛りには、深刻ぶることもなく却って聴きやすいのかも。
有田氏によると、交響曲の楽章を分割して、間にアリアやコンチェルトを挟む、かつてのプログラミングを参考にしたのだとか・・・。これも歴史考証から出た一例。

ただし、18時半の開演で、終演は21時15分すぎ。早く終わるのかと思っていたら、むしろ長めの演奏会になってしまってた。

2010年8月6日金曜日

真夏のブルックナー

■ファビオ・ルイジ指揮 PMFオーケストラ東京公演
[2010年8月4日(水) サントリーホール]

バーンスタインの提唱で1990年以来、札幌で開催されているパシフィック・ミュージック・フェスティバル。札幌の音楽祭には、まだ出かけたことはないが、東京での演奏会には何度か足を運んでおり、毎回、若者たちの熱気あふれる演奏に感動したり、元気をもらったりしている。

今年は、ファビオ・ルイジの指揮。
プログラムは、ショパンのピアノ協奏曲第2番とブルックナーの交響曲第7番という、酷暑の夏にしてはちょっと重め?
ショパンのソリストは、リーズ・ドゥ・ラ・サール。

重めのプロながら、胃もたれせずに気持ちよくホールを後にできた。
その理由は・・・・
何といっても、ブルックナーでの弦の柔らかくて一体感のある響き!
これは、アンサンブルを築くのに時間をかけて集中できる「フェスティバル」での教育プログラムならではのものだろう。ブルックナーのパウゼのたびに、ホール空間に溶け込むように響いていく優しいオケの響きがとても印象的だった。

ファビオ・ルイジの指揮も、ブルックナーだからといって、あまり深刻ぶらず、音楽をきちんと気持ちよく推進していってくれる。
久しぶりに心地よいブルックナーを体感しました。