2010年7月29日木曜日

縁遠かった「クラシック・バレエ」

■エトワール・ガラ2010
[2010年7月28日(水) Bunkamuraオーチャードホール]

縁あって、普段は滅多に観ないクラシック・バレエの公演に出かけた。

クラシック・バレエなる舞台芸術は、自分にとって一番縁遠いものかもしれない。

というのも、そう感じてしまう原因は、まず「音楽」。
どうしても音楽に重点を置いて舞台に接してしまうので、バレエ公演で流れる「音楽」というものには常に違和感を覚えてしまうのだ。音楽の心地よい盛り上がりがダンスの都合で打ち切られたり、ジャンジャカジャンジャカしてばかりの音楽にいらだってしまったり・・・。
おまけに、演劇空間的にも、リノリウムをひいただけのガランとした舞台と、申し訳程度にセッティングされた最小限でチープな舞台装置にいつもげんなりしてしまう。

という訳で、自分から積極的にクラシック・バレエの公演に足を運ぶことは、まず「ない」。

今回足を運んだのは、パリ・オペラ座のダンサーを中心としたダンサーたちによる来日公演「エロワール・ガラ2010」の初日。
前半は、小品集。
そして後半は“世界初演”を銘打たれた「三銃士」。

小品集もなんだかよく解らなかったが、後半の「三銃士」はいただけなかった。
理由は、やっぱり音楽!
映画音楽の大家、ミシェル・ルグランの曲を寄せ集めて構成したそうだが、あまりにご都合主義的で全体の統一感が皆無。演劇的に見ても、各場面が説明的すぎて「ドラマ」としての面白さやメリハリがまるでない。
舞踊のテクニックは素晴らしいんだろうが、舞台作品としては「世界初演」と称して東京で上演する意義がどこにあるんだろう、とはなはだ疑問に感じてしまった。
ま、一流ダンサーをはるばるヨーロッパから招いてのガラ公演ということで、あまり難しい顔で接するもんでもないんだろうが、やたらとかかる「ブラボー!」に、こちらは却って白けてしまった。

「縁あって」というのは、この作品に「助演」として出演していたエキストラに、デラルテ舎アミーチの一人がいて、彼から急きょご案内をいただいたから。
しっかりと助演の重責を果たしている舞台姿を確認し、こちらの方は大いに満足しました。

2010年7月26日月曜日

別の季節に聴いていれば・・・

■クリスティアン・アルミンク指揮、新日本フィル第72回多摩定期
[2010年7月25日(日) パルテノン多摩]

5月の「ペレアスとメリザンド」や6月のスピノジ指揮の演奏会が面白かったので、今回のプログラミングにも興味を抱いていた。ただ、東京公演の24日が所用でNGなので、同一プロの多摩定期を聴きに、休日の午後、遠路はるばるパルテノン多摩まで足を運んだ。

そのプログラミングというのは・・・

ブラームス:悲歌
R.シュトラウス:4つの最後の歌
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
ブルックナー:テ・デウム

ね、なかなか素敵なプログラムでしょ。声楽を加えて、ドイツ・オーストリアの音楽文化が最も熟した時期の作品を並べたあたり、なかなか凝っている。大好きな「ハイドン・ヴァリエーション」もあるし。音楽監督アルミンクならではのコンセプチュアルなプログラミングだ。

で、感想はというと・・・

う~む、季節を完全に間違ったかな、というのが正直なところ。
こういう、いわば「内省的」な音楽は、秋か冬に聴いたらさぞかし感想も違うだろうに・・・。
この時期、梅雨も終わって、いよいよ夏本番。外は気温が35度近くもあり、紫外線が大活躍。
活動的な太陽の光を浴びると、人間は活性化するものなのだ。
だから、理屈抜きで明るく楽しい音楽の方が、この季節にはふさわしいような気がする。

舞台上で奏でられる音楽と現実との季節感のあまりの違いを埋めることができず、なんとなく中途半端な気持ちのままホールを後にした。

2010年7月21日水曜日

「ヴェネツィアが燃えた日」


ヴェネツィアのフェニーチェ劇場で、ブリテンの「ねじの回転」を観たのは1992年の春のこと。
オペラの方は、当時は何だかさっぱり解らなかったが、劇場内部の豪華な装飾や、ヴェネツィアの運河や小路の奥のフェニーチェ劇場の佇まいなどは記憶に残っている。

そのフェニーチェ劇場が火災で焼け落ちたのが、1996年1月29日の夜のこと。
そのニュースに接して、少なからずショックも受けたのを覚えている。

この本は、アメリカのジャーナリスト、コラムニストのジョン・ベレントが、火災の3日後にヴェネツィアを訪れたところから始まる。

火災にまつわる虚々実々、ヴェネツィアに集まる不思議な人々やアメリカの慈善団体。それらを取材したノンフィクションである。本の扉裏にも「登場するすべての人々は現実に存在し、それぞれ本名で示されている」とある。
事実は小説より奇なり!
フィクションだったら、とても嘘っぽっくなてしまうような事が、現実のヴェネツィアでは日々繰り広げられているのだ。

10年ほど前には、ヴェネツィアのアパートメントで数日間「プチ生活」をしたこともある。 だから、ヴェネツィアで「壁に耳あり障子に目あり」といった事態に遭遇した経験も。 あの街の特殊性から来る「魅力」を改めて実感できた。

ヴェネツィアを訪れたことがない人には、ピンと来ない点もあるかもしれないが、一度でも訪問したことがある人にとっては、格別面白く読めるオススメ本です。

2010年7月19日月曜日

オペラな三連休(3日目)

■METライブビューイング アンコール上映「魔笛」
[2010年7月19日(月・祝) 東劇]

オペラな三連休、締めはMETライブビューイング2006-2007シーズンから「魔笛」のアンコール上映。
当時はまだMETのライブビューイングにそんなに嵌っておらず、観ていなかった演目のひとつだ。

演出は「ライオンキング」のジュリー・テイモアー。
ミュージカル「ライオンキング」でおなじみの動物のアクションや造形はもちろん、夜の女王や3人の侍女、モノスタトスなどにも、ライオンキング的手法がふんだんに盛り込まれていて、それが「魔笛」の世界のファンタジックでミステリアスな世界とマッチして大成功!
何よりも、モーツァルトに「魔笛」を作曲させた産みの親で興行主、自らも鳥刺しパパげーノを演じたシカネーダーが現代に生きていたら、きっと真っ先に飛びついたようなショービジネスの才能に着目したのは、さすがMET。
そうそう、「魔笛」って“歌芝居(ジングシュピール)”だから、オペラというよりミュージカルだもんね。
理屈なんか抜きにして、楽しくなくちゃ!
「ライオンキング」の手法で「魔笛」を演出しようと企てたMETの発想もさすがだし、それを実現させてしまう創造力にも脱帽!

今回の上演、休憩なしの2時間ぶっ通し上演だが、こうすることによって、ザラストロの世界と夜の女王の世界のデコボコ感もなくなり、話がすっきりとした。これはなかなかいいアイディアかも。

指揮は音楽監督のジェイムズ・レヴァイン。
ドイツ語ではなく、英語による上演でした。

オペラな三連休(2日目)

■都響「売られた花嫁」
[2010年7月18日(日) サントリーホール]

オペラで三連休の二日目は、チェコの国民的オペラ、スメタナ「売られた花嫁」。

都響創立45周年記念特別公演と銘打たれたコンサートオペラ、いわゆるセミ・ステージ形式の上演である。
指揮と演出は、レオシュ・スワロフスキー。

ソリストは全員チェコやスロヴァキアからの「ご当地歌手」。
だから、このオペラが完全に体に染みついていて、安心して聴いていられる。
(「一生懸命に覚えました」というお勉強臭さが、当然のことながら、微塵もない。)

合唱は二期会合唱団。
P席中央で、譜面を見ながら、演技は一切なし。きちんと歌っていた。
なにせチェコ語は難しいし馴染みもないだろうから、合唱はこれで充分。
ソリストの歌と動きに集中できてかえって良かった。

ソリストの衣裳は、スロヴァキア国立コシツェ歌劇場のもの。
(チェコではなく、スロヴァキアだから、今では微妙に「お国」が違うのだが・・・)民族色が素直に表現されたデザイン。紺と赤と白の色使いによる主人公マジェンカの衣裳など、チェコの国旗の配色を連想させられ、なるほどねと変なところで感心!

音楽は、チェコの“国民オペラ”だけあって、民族的な旋律や舞曲が全編に散りばめられ、とにかく聴いていて楽しい。難しい解釈や読み替えなど不要な、大衆受けするオペラだ。

ナビゲーターの朝岡聡氏は酒場の主人役として登場。かなり健闘はしていたが、オペラの中の「役」を演じるには、ちょっと空回りだったかな。

チェコはビールが美味しいところ。
休憩時間にはビールで喉を潤して、ボヘミアの小さな村を舞台にしたチェコの国民オペラを楽しみました。

2010年7月18日日曜日

オペラな三連休(第1日)

■二期会「ファウストの劫罰」
[2010年7月17日(土) 東京文化会館]

梅雨も明けて本格的な夏到来!
夏の初っ端は、オペラ三昧の三連休である。

まずは第一弾。
二期会によるベルリオーズ「ファウストの劫罰」。

この作品は、一昨年のMETライブビューイングで観た、ロベール・ルパージュの、映像を駆使した鮮烈な演出が記憶に新しい。
今回の二期会公演は、ダンスカンパニー「H・アール・カオス」の大島早紀子の演出。

もともとこの作品、「オペラ」ではなく「劇的物語」。
独唱と合唱入りのオーケストラ作品だから、場面も断片的だし、ドラマとしての演劇性も中途半端。それをダンスの分野のクリエイターによって、スペクタクルな舞台作品にしようというのが企画の原点なんだろう。

スペクタクル性という点では、宙づりやフライングなどを駆使したH・アール・カオスの「舞踊」が、ある意味存分に効果を発揮。でも、「オペラ」の要素が舞踊の「伴奏」に陥ってしまっているようで、これって本末転倒じゃないの?
なんだか、「庇を貸して母屋を取られた」ような感じ・・・。

演出も、ダンサーが登場している場面はいいのだが、歌手だけのシーンになると、とたんにつまらなくなる。(2部の酒場のシーンは、合唱に効果的な動きを演出して面白く作ってあったが・・・)
そもそも、H・アール・カオスの大がかりな舞台空間と、ドラマに充分な緊密な舞台空間とでは、「空間の広さ」に差がありすぎるんじゃないかなぁ・・・。

とにもかくにも、オペラを観に行ったのに、歌手も合唱もオケも、ダンスの伴奏をさせられているような舞台に、どこか釈然としない気持ちを抱いてホールを後にした次第。

「体調不良」で降板した林美智子さんに替ってマルグリートを歌った小泉詠子さん、丁寧で、清楚で、なかなかの好演でした。

2010年7月15日木曜日

面白いってのが大事

■読売日響第495回定期演奏会(シルヴァン・カンブルラン指揮)
[2010年7月14日(水) サントリーホール]

先週のハイドン、ヴァレーズ、マーラーというプログラムのコンサートが至極「面白かった」ので、2週連続でカンブルランが指揮する読売日響の演奏会に出かけた。
今回のプログラムは純正「フランス物」。

フォーレ:「ペレアスとメリザンド」
メシアン:鳥たちの目覚め
ドビュッシー:ピアノと管弦楽のための幻想曲
デュテュー:5つの変遷

メシアンとドビュッシーでのピアノ独奏は児玉桃。

ね、面白そうでしょ?

カンブルランという指揮者、コンサートを「面白そうに見せる」才能が抜群の人だ。
単に名曲を並べるだけじゃなく、プログラムの構成や流れのなかに、さりげなくストーリーやコンセプトを織り込み、舞台表現者として何かを主張しようとする。こちらは、その主張を受けて「なるほど~」と思ったり、「どれどれ?」と好奇心を抱いたりして、ホールに足を運ぶ。
表現者と聴衆・観客の関係は、これが基本だと思うんだがなぁ~。
それに、プロのアーチストなら、自分の表現に興味を持ってもらうってことは芸術活動をする上でとても大切なことだと思う。
でも、これができる人ってのが、なかなかいないんだなぁ。

そして、その「面白そうでしょ?」と考えたことが、見て聴いて本当に「面白い!」と楽しませてくれる。
これはもう、かなり高度な表現力を持った魅力あふれるプロですよ。

マエストロ・カンブルランは、この「面白そうに見せて」本当に「面白い」、プロのアーチストだ。
あまり一般受けしないメシアンやデュティユーを入れたプログラムで、これだけお客を楽しませてくれるのだから。

カンブルラン時代の読売日響、これからも面白そうなコンサートで大いに楽しませてほしい。

2010年7月11日日曜日

元気ハツラツ!音大オケ

■洗足学園音楽大学レパートリーオーケストラ演奏会
[2010年7月10日(土) 横浜みなとみらいホール]

洗足学園音大の学生オーケストラを聴きに、休日で賑わう横浜へ。

「演奏の洗足」は、学生オケも盛ん。
今回の「レパートリーオケ」とは、学部の2~3年生を中心としたオケだ。
この他、1年生による「ビギナーズオケ」と4年生中心の「マスターオケ」があって、オーケストラの演奏技術を学んでいるという。

プログラムは、R.シュトラウス「ドン・ファン」、ドヴォルジャーク:チェロ協奏曲(独奏:木越洋)、ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」という堂々としたもの。
指揮は秋山和慶。

音大の演奏会というものは、元気ハツラツなのがいい。
今回も、管楽器の細かいアンサンブルとか、オケとしての音の一体感なんかは正直言って「まだまだ」だが、とにかく偉大な楽曲に臆することなくチャレンジし、懸命に音楽を作り上げようとするエネルギーは、見ていて気持ちいい。
それに、オーケストラの「初期」の段階というものが垣間見れるのも、なかなか貴重な体験だ。
おまけに、入場料が安い!(この演奏会なんて、1,000円だよ!)

音楽ファンの皆さん、「音大の演奏会」お薦めですよ!

2010年7月10日土曜日

「新しい音を恐れるな」


ドイツの指揮者インゴ・メッツマッハーが書いた「新しい音を恐れるな」を読む

「新しい音」・・・つまり、クラシック音楽の世界で「現代音楽」という呼び名で括られる音楽。モーツァルトやベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーなどの「古典派」や「ロマン派」の作曲家の作品に比べて、「わかりにくい」「とっつきにくい」とされて、どちらかというと敬遠されがちなジャンルだ。

章建てされている作曲家は、目次順に、アイヴス、マーラー、ドビュッシー、メシアン、シェーンベルク、ヴァレーズ、シュトックハウゼン、ノーノ、ハルトマン、ストラヴィンスキー、そしてケージ。

そして、作曲家の章の間には、「時間」「色彩」「自然」「ノイズ」「静寂」「告白」「遊び」という、何やら意味ありげな章が挿入されてる。

ね、この並び見ただけでも、面白そうでしょ?

マーラーやドビュッシーだって、「新しい音」という流れの中で紹介されているし・・・。

いわゆる、音楽学者や評論家による入門書・解説書とは違い、一人の青年が音楽の道を志し、演奏家・指揮者として成長していく過程で体験し思考したことが語られていて、読みやすい。
そして、読み進むうちに、取り上げられた作曲家や曲に触れてみたいと思ってしまう。
こんな曲目解説だったら、演奏会ももっと楽しくなるのにな。

とにかくお薦めの一冊ですぞ!

インゴ・メッツマッハーは、秋に来日して新日本フィルに客演する。
実は、今からチェックを入れて楽しみにしている演奏会だ。
こうなったら、演奏会の曲目解説も、本人が書いたらさぞや面白いだろうに・・・。

2010年7月9日金曜日

カンブルランの仕掛けにBravo!

■シルヴァン・カンブルラン指揮、読売日響
[2010年7月8日(木) サントリーホール]

この春、読売日響の常任指揮者に就任したカンブルラン指揮による演奏会。
なんといってもプログラミングの面白さに魅かれて出かけた。

ハイドン、ヴァレーズ、マーラーですよ。

前半は、ハイドンの「天地創造」から序奏とヴァレーズの「砂漠」。
音楽で「カオス」を表したハイドンと、初演時の大騒動となった前衛作曲家ヴァレーズ。
そして後半は、マーラーの「大地の歌」。
全体を「大地」というキーワードで括っているようだ。

しかも前半、ハイドンとヴァレーズが続けて演奏された後、再びハイドンが繰り返された。
ハイドンの「前衛性」とヴァレーズの「聴きやすさ」が浮き彫りになり、あたかも一つの楽曲のよう。

クラシックの演奏会って、作品ごとに個別に演奏するのが当たり前のようになっているが、プログラムによっては、こうした「メドレー」とか「反復」のような趣向にどんどんチャレンジしてもいいんじゃないだろうか。演奏会そのもののコンセプトが明確になり、表現者のメッセージが伝わり易くなるのなら・・・。何といっても、コンサートは生の舞台芸術。名曲の名演ももちろんいいが、舞台から発せられるメッセージに共感したり触発させられる体験は、「生」ならではの大きな魅力だ。

カンブルランの「仕掛け」、これからも楽しみだ!

2010年7月3日土曜日

古いものは大切にしなきゃ

■日比谷公会堂開設80周年記念事業「N響第九」
[2010年7月2日(金) 日比谷公会堂]

洒落たコンサートホールが続々と誕生し、最近では滅多にクラシック演奏会が行われなくなった日比谷公会堂。しかし、戦前・戦中、そして戦後の復興期、ここはまさに「音楽の殿堂」だった。

その日比谷公会堂も御歳八十。
だが、いまだに立派な姿でカクシャクとしていたのには感動した。
確かに、最近の「若者」ホールのように、豊かな残響もなければ、バーコーナーもない。階段の段差はキツイし、客席の椅子は座り心地が悪い。
しかし、そんなことに文句をつける客は一人もいない。
だって、ここは昔からこうだったんだから・・・。

井上道義指揮N響の演奏で、聴きなれた第九の第1楽章が始まったとき、「そうそう、昔はこの響きでオーケストラを聴いていたんだ!」と懐かしくなった。(かつて、クルト・ザンデルリンク指揮の読売日響によるショスタコーヴィチなんかをここで聴いたことがあるのです)

残響はほとんど無し!スタジオ録音した各パートの音素材を、ミキシングなしで再生しているよう。
他ホールでは豊かな響きの影に隠れてしまう弦楽器の細かいパッセージが、直接音で耳に飛び込んできて、新鮮は発見もある。
かえってオーケストラの力量が歴然とし、細かいミスが目立ってしまう怖さもあるんじゃなかろうか。
こんな怖いホールで、日本音楽界の先人たちは、西洋音楽に果敢にチャレンジしていたのかと思うと、感慨もひとしお。

舞台には14型のオケと合唱団が乗るため、反響板の側板は取り払われており、舞台裏のシャッターやら配管などが剥き出しの状態。
会場に入ったときには、正直ギョッとしたが、慣れてしまえば、そんな飾り気のない「風景」も割烹着姿で化粧っ気のないおばあちゃんを見るようで微笑ましい。

会場はオールドファンと若い音楽ファンで超満員。
盛大な拍手は、このホールそのものへの郷愁と賛辞だったように感じた。

こういうホールは適切な改修を施して、末永く生き続けていってほしいものである。
古いものを大切にしなければ、ね!
今から20年後の「百周年」が楽しみだ。

2010年7月1日木曜日

お勧め!音大の演奏会

■洗足学園音楽大学打楽器アンサンブル演奏会
[2010年6月30日(水) 洗足学園・前田ホール]

洗足学園音楽大学は音大の中でも演奏会活動が盛んである。
年間、なんだかんだで100回くらいは演奏会が催されているんじゃなかろうか。
ちょっとした音楽事務所なみの回数である。
おまけに、夏と冬には「音楽祭」として演奏会を集中させ、イベントとしても盛り上げている。

夏の音楽祭、いわゆるNATSUONの初日に“洗足名物”打楽器アンサンブルの公演に出かけた。

和太鼓やスチールパンバンド、マリンバやシロフォンなどの鍵盤楽器アンサンブル、アフリカなどの民族打楽器によるアンサンブル、マーチングパーカッション、大編成の打楽器オーケストラなどなど、視覚的にも変化があって壮観だ。
そして、会場は満杯。
音楽大学の演奏会ということで、一般の音楽ファンやジャーナリズムの話題に上る機会があまり多くはないが、通常のコンサートでは味わえない熱気や活力がそこには確実にある。
編成や楽器運搬費など、経済的諸条件に左右されない自由なプログラミングによる面白さも魅力だ。
そして何よりも、安い!

若者たちのエネルギーを存分に吸収させてもらった演奏会でした。

洗足学園音楽大学の演奏会情報はこちら。
http://www1.senzoku.ac.jp/flash/university/concert/index.html